すこし きになる



◆引き合う者◆



「跡部くん、いますか?」

小柄な少女が昼休みに訪ねてきた。
教室の後のドアから顔をひょこっと出して。
室内の人間は驚いた。
今でも呼ぶ奴がいるのだと。
校内では有名な話なのだ。
『跡部は呼び出されても動かない。用のある奴は自分が来い』
この3年間そういう呼び出しは数えきれないほどあった。
しかし跡部は一度も自ら動かなかった。

そう――今回も。

自分が呼ばれているということは認識できたが先程忍足から奪い聴いているMDウォークマンのせいで声色まではわからなかった。
どうせそこらの女だろ。
跡部は自分を呼ぶ人物を見もせずMDを聴き雑誌をめくる。

「ええの?」

そんな跡部を忍足が何とも言えない複雑な顔で覗き込む。

「……アーン?」
「……だから、ええの?」

眉を顰める跡部に指でドアの方向を示す。

そこに申し訳なさそうな顔で立っているのは

ガタッッ

ウォークマンと雑誌を投げ捨て、椅子を倒さんばかりの勢いで立ちあがるとわき目も振らず跡部はに駆け寄った。

「どうした?」

内心、驚きと来てくれたことに対する喜びとで心臓が飛び跳ねているのだが表面には一切出さない。

「あのねあのね、ゴメンネ。休み時間なのに」

はもじもじと指を弄びながら

「今日の放課後、ヒマかな?」

顔をパッとあげると決心したかのように言った。

「…………ああ」

「ちょっと時間いいかな?」

「ああ」

一瞬呆気に取られ言葉がつまったがすぐに返事をする。

「ありがとお」

はニッコリ笑うとペコリと頭をさげて自分の教室へと戻っていった。

「んだよ」

突然の誘い。何の用があるのかわからないが誘われたという事実がとても嬉しく。
ガラにもなく染まる頬をどうにかしようと廊下に出て窓を開けた。

広がる青空。遠くに雲がポツポツある。
木々は色付き、落ち葉が地面を覆い隠している。

はぁ と息を吐いてみたが白くなることはなく、少し落ち着いた跡部は窓を閉め教室へと戻った。

「なんやったん?」

ニヤニヤと笑みを浮かべた忍足が椅子に座る跡部を見る。

「なんでもねーよ」

「ふーん。まぁええけど。あの跡部がわざわざ立って行ったもんやからなんかもの凄い事かと思うたわ」

「……テメ」

「怒ったらちゃんにあることないこと吹き込むで?」

苦虫を噛み潰すような顔をすると何も言わず座り、先程投げ捨てた雑誌を広げ始めた。
の名前を出されるとどうしようもないのだ。


その日の午後の授業は気が気でなく跡部はずっと屋上を見上げ過ごした。
そこにの姿はなかったのだが
屋上=
といった公式が成り立つ跡部は少しだけ幸せだった。














「どないするん?」

自分自身も思っていた。
どうすればいいのだろう?

今は放課後。
てっきりが来るのかと思いきや一向に現れない。
屋上にも行ってみた。が、いなかった。

「どないしたんやろ?」

それも思っている。
誘われたのは冗談だった?
――そんな冗談言う奴じゃない。
忘れて帰られた?
――人との約束を破る奴じゃない。
自問自答を繰り返す。

「……あぁあ!」

突然忍足が素っ頓狂な声を出した。

「なんだよ」

ただでさえイライラしている跡部はつい口調がいつにも増して悪くなってしまう。

「あんなー昼休みの事、もう噂になっとるかも」
「昼休みの事?」
「跡部が自ら動いた、アレ」
「……ああ」

相手がだったからこそ何も考えず体が勝手に動いたのだ。

「ソレって跡部ファンからしてみたら、気分悪いんとちゃうかなって?」
「ハッ」

忍足の言い分を鼻で笑い飛ばす。

「俺の周りの女はそんなことしねーよ」
「なんで言いきれるん?」
「俺を誰だと思ってる?」
「あとべけーご」
「だからだ」

跡部の言わんとしている事は容易にわかった。
そんなことして、もし、跡部の怒りをかったら
この学園にはいられない。
それだけではなく自分の身にも何らかの制裁が下る。

「それもそーやわ」

忍足は自分の考えすぎに苦笑すると「邪魔もんは退散するわ」教室を出ていった。
残されたのは跡部ただ一人。

軽く机にもたれ夕焼けに照らさせる横顔。
まるで一枚の絵画のようだ。

窓の外は向い校舎と端にグランド。
部活生が懸命に活動している。
その様子を眺めていると
ふと
視界の片隅に見知った人物が2人入ってきた。

背の高い少年と小柄な少女。

鳳とが一緒にいる。

「……」

なんとも言えない気持ちだった。

どうして?
鳳?

動くことを忘れてしまったのかように動けず
ただ
見ることしかできなかった。










**********










「もぉっいいかげんにしてよ」

はありったけの力で抵抗する。
が、しっかりと掴まれた腕は鳳の手中から抜け出すことができない。

「私、跡部くんと約束してるの! 待たせてるから行かな…」
「行かせない」

言葉を遮る鳳の顔に余裕はなく、縋るような眼差しをにそそぐ。

「長太郎くん? どうし…たの?」
「どうかしているのはさんの方ですよ」
「?」
「跡部先輩は……跡部先輩だけは…………」
「長太郎くん?」
「やめた方がいい……です」


絞り出すように呟いた乾いた声。

「……長太郎くん」

それ以上は何も言わなかった。
それ以上鳳は何も言えなかった。



数分の沈黙を破ったのはだった。

「それは…………」


手をギュッと握り俯き口を開く。







「跡部くんの名前のせい?」







ゆっくり上げた顔は

いくつもの感情を含んだ複雑なものだった。













***反省***
ビッミョーな気もします。いろいろと。
でも気にせず進む。