その苦しみ
その想い

どうすればいい?

俺に何ができる?




◆ネガイゴト◆




ケイゴ。

ただ親に与えられた名前。

気に入っていたワケじゃない。

何の感情も持っていなかった。


今日までは。


















、鳳長太郎。
2人は幼馴染で物心つく前から一緒にいた。

が小学校に入学する前、その2人に1人加わった。

名前は圭吾。

まだ6歳だというのに大人びた少年だった。
越して来た理由は療養の為。
元々体の弱い少年は大学病院が近いこの場所に越して来たのだった。

3人は普通に一緒にいるようになった。
学校ではと2人。
家に戻れば3人。

入院すれば毎日見舞いに行った。

3人でいることが自然だった。

その自然が崩れたのは鳳が6年生の時。

ついにと少年は付き合い出した。

2人は中学生。鳳だけは小学生。

2人+1人になった。





「もぉっケイゴッ!」

は圭吾をケイゴと発音する。
理由はカタカナの方が元気に聞こえるから。

「どうしたの?」

図書館の片隅で本を読んでいる僕に詰め寄るの顔は険しい。

「さっき走ったって聞いたんだけど」
「……いや、はや歩き程度だよ」
「もぉぉぉっっっ!」

怒りの矛先をドコに向ければいいのかバタバタと手足を忙しく動かす。

最近、体の調子が悪いから心配してるんだろうけど
過保護すぎる。

「倒れたら、どうするの」

涙目で訴えかけられると何も言えない。

「ごめんね。大丈夫だから」
「……うん。でもでも、無理しないでね」
「わかってる」

可愛い可愛い僕の

本当は分かってる。

この子を僕の手中に閉じ込めてはいけないこと。

手放さなければならないこと。


「ケイゴッ帰ろ」

この華のような笑顔を曇らせてはいけないこと。

こんなことになるのなら
感情に任せて
付き合わなければよかった。

感情より今後を優先させるべきだった。

今、言わなければ
伸ばせば伸ばすだけ
傷つける。





「なぁに?」

呼ばれれば、ニコッと華のように笑う。






――――言えない。

別れよう。

と言えない。







「なんでもないよ」

「そ?」


僕は弱くなった。

有り得ない希望を抱く。

分かってる。

無理だと。

分かってる。


でも

抱いてしまう。

ずっとと一緒にいたい。

ずっとずっといたい。

無理だとわかっているのに。

自分の先が無いこと。

分かっているのに、望んでしまう。

























春が終わり、夏が過ぎ、秋になった。



少し肌寒くなって
少し体調がすぐれなくて

少し無理してたら


「ケイゴッ!!!!」


学校で聞いたの最後の声。

気がつくと僕はベットにいた。

どうやら倒れたらしい。



たぶん――そろそろだ。



「大丈夫?」

涙を瞳に溜めて、見下ろす

泣かないで。

僕は大丈夫。

まだ大丈夫だから。

「ケイゴ?」

ああ、上手く声が出ない。

心配しないで、もう大丈夫。今は大丈夫。

「ほんと?」

声に出さなくても通じるの?

すごいな、は。
















僕は病気だ。
病名とかは長すぎて覚えていない。

ただ、はっきり宣告されていることは『長くない』ということ。

治療の為にここに越して来た。
手術もした。
でも治らなかった。

今は体を騙して生き続けてる。

でも
そろそろ限界なのかもしれない。



「せめて小学校だけは卒業させてやりたい」



2年前に聞いた親のセリフ。
その時から僕の命は秒読みに入っていた。

時計の砂はとっくに落ちた。そんなに時間が経っている。

何粒か残った砂が今の僕。

いま、僕には何秒残されている?












できることを考える。

どれだけの人を悲しませないで逝けるか。

学校での対策はとった。

友達はつくらなかった。

先が無いと分かっていたから、悲しませるって分かっているのに仲良くはしたくなかった。

ただのクラスメイトが死んでも、すぐに忘れられるだろう?

友達じゃないんだから。

僕の為に涙は流さなくていい。


他人につらい思いはさせたくない。

長太郎は泣くな。どうしよう? 悲しませたくないんだけどな……

でも

一番悲しませたくないのは


このままじゃ一番悲しむのも




『コンコンッ』

扉がノックされて顔を真っ赤にしたが入ってくる。
「寒かったよー」

「もう冬だから」

「うんっ! あのねあのね」

は喋りだす。
今日あった出来事。
何が、誰が、こんな風に、それでね……
一生懸命話す。

入院生活で一番楽しい時間だった。

それも終わらせなければならない。




本当にもう最後だから。



これ以上先送りにできない。




「……うるさい」

「え?」

そう――僕の為にの貴重な時間を使わせるワケにはいかないんだ。
コンナトコに来ている暇があるのなら、友達と一緒にいるほうがいい。

「僕が騒音嫌いなの知ってるだろう」

「っぁ……ごめんなさい」

「元々の声は甲高くてオモチャみたいなんだから、あまり喋られると迷惑だよ」
そんな、泣きそうな顔しないで。本当は大好きだから、その鈴のような声。

「ごめんなさい」





出て行くと思った。
こんなこと言われたら普通出て行くだろう?

でもはベット脇の椅子から立とうともしなかった。
涙を必死に堪えて、泣くまいとしている。

こんな状態のに、まだ言えることがある。
たぶん言ったら泣くんだろうな。

泣かれたくはないんだけど、僕が死んだ時、僕のこと嫌いになっていてほしいから。
悲しんでほしくないから。

「そういうのウザイ」

冷たく、低く、呟く。

ポロッと涙が溢れ落ちた。

「ごめっ」
「謝るな。ウザイ」
「ケイ…」
「邪魔なんだよね。お前」

初めて『お前』と言った。
無機質な響き。




ここまで言えば、普通嫌いになるだろう。
こんな最低な男、嫌いになればいい。
むしろ、憎んでくれていい。





は椅子から立ちあがると涙をグイッと拭って
精一杯の笑顔で
「また来るね」
と言って出ていった。





そんなに健気に想わないで……
僕はを幸せにしてあげられないんだ。
僕はに悲しみしかあげられないんだ。





「ケイゴさん」

険しい顔をして長太郎が入ってきた。
恐らくさっきの会話を聞かれたのだろう。

「どうした?」
「さっきの言葉、酷いと思います」
「本音を言っただけだよ」

長太郎、キミにも僕は嫌われたい。

「嘘、つかないでください」
「嘘じゃないよ」
さんは絶対、ケイゴさんを嫌いになりませんよ」

本当に昔から鋭い子だ。

「もちろん僕も嫌いになりませんから」

全く、こんな小学生がいていいんだか……

「ケイゴさ」
「長太郎」

最低だな、僕は。
長太郎、キミくらい僕の為に泣いてもらっていいかい?

「僕が死んだらに伝えてくれか?」
「死っ!? そんなこと言わないでくだ」
「死ぬよ、僕は。きっともうすぐ」
「っっ」
「死ぬ前に僕はと別れる」
「……」
「死んだら、そうだな『忘れて』って言ってくれるか?」
「……」
「僕を憎んだりしている場合は言わなくていい」
「……」
「頼めるか?」
「……できま…せ……ん」
「長太郎、を頼むな」





結局、最後まで長太郎は頷かなかった。
でも長太郎なら、言ってくれる。







あとはと別れるだけだ。
そう――残酷に。





















『コン…コン』

控えめなノック音。しばらくしてが入ってくる。
静かに。

「調子、どう?」
「……別に」

声も小さい。
先日言ったことを気にしているのだろう。



は何も喋らず、いつもの椅子に座る。



沈黙。

きっと頭をフル回転させて、どうしよう? って考えてるんだろうな。

、ごめんね。
こんな想いさせるなら最初から、付き合わなければよかったね。
いや、出逢わなければよかったね。



「あのさぁ」
  もう終わらせよう。

「……なに?」

「別れよう」
  好きだからね、世界で一番。

「え?」

「飽きた。ウザイし、ウルサイし」
  大事に想ってる。大切に想ってる。

「……ぁ」

「元々、好き同士で付き合ったワケじゃないし」
  好きとか愛してるとか、言葉であらわせないくらい想ってる。

「そん…な」

「まさかは僕に本気だったの? 恋愛ゲームしてみたかったから手頃な幼馴染で手うったけど、まさかこんな女だったとはね。正直、最悪」
  僕は願うよ。

「ヤだよ……嫌いにならないで」

「嫌いじゃないよ。ただ、何の感情も持ち合わせてないけどね」
  から悲しみがなくなること。

「……っふ………やだっやだっ…………ききたくないっ」

「泣いてもムダ。不快。出ていってくれる?」
  から僕が消えること。

「ケイゴ」

「名前、呼ばないでくれる? あーそうそう、もう顔も見たくないから」
  に安らぎがおとずれること。

「…………」

「あーあ。人生の汚点。なんでお前なんかと付き合っちゃったんだろう? ムダな時間だった」
  に――

「…………」

「早く出ていけよ!」


ビクッと体を強張らせると涙をボロボロ零しながらは出て行った。

「ごめんなさい」

と一言だけ言って。










「僕は願うよ」




この白い部屋から




に幸せがおとずれることを」




死んでも、願い続けるよ。

空の上から。

もしかしたらをこんなに傷つけた悪い男だから地獄行きかもしれないけど

それでも



僕のネガイゴトは一つだけ。

の幸せだけ。











































真っ白な雪が降っていました。

その日、ケイゴは亡くなりました。

最後に会ったのは秋だったね。

別れようって言われた。

ごめんね、私、こんな女で。

ケイゴの大事な時間、無駄にさせちゃったね。

私だけ幸せな想いしてたね。


お通夜もね、お葬式もなんか信じられないんだよ。

目の前にね、ケイゴがいるのに動かないの。

ただ、それだけなの。

明日は骨になっちゃうんだよね。

私ね、骨でもいいの。

まだ好きなの。

ねぇ、なんでかな?

どうしようもないくらい好きなんだよ。

ほんとウザイ女だね。

ケイゴには嫌われちゃったけど、想い続けることをアナタは許してくれますか?

それともまたウザイって怒りますか?



さん」

「……長太郎くん?」

「ケイゴさんのこと、まだ好きですか?」

「長太郎くん?」

「俺じゃ、ダメですか?」

「ちょうた…………」

「俺じゃダメですか!!」

「…………だめ」

「酷いこと言われたのに?」

「それでも、好き。私にはケイゴだけなの」

「…………………………ケイゴさんから……伝言を預かっています」

「ケイゴから?」

「『忘れて』」

「え?」

「『忘れて』とただソレだけ」
















涙が出た。















忘れて?













何を忘れろというの?








それはどういう意味?

























っ!



私、バカだ。









ケイゴと何年一緒にいた?
知ってるじゃない!!
ケイゴの性格くらい知ってるじゃない!!

ケイゴは余命を悟ってた。
ケイゴの性格からしてもうすぐ死ぬって分かってたら
あの人は

自分のことより

相手を優先してしまう。

相手の『残される気持ち』を優先するじゃない!!

気遣って気遣って

悲しまないように


どうして、あの時気付かなかったの?
バカだ、私。
バカだよ!!










どうして今ごろになって









あの時、私も考えなきゃいけなかったんだ。








『残さなければならない人の気持ち』








一番、痛かったね。


1人で苦しかったよね、きつかったよね。

ごめんね。ごめんね。






痛いこと、いっぱい言わせちゃったね。
ごめんね。



















































さんはただボロボロ泣いて、泣いて。

そしてケイゴさんの自宅に入って、棺を開けた。

僕はギョッとしたけど、何も言えなくてただ、見ていることしかできなくて。

頭の隅でこの場に今誰もいなくてよかったな。とか思ってた。

今、この2人を邪魔されたくないと思ってた。


さんは

「ケイゴ、ごめんね。大好き」

泣きながら愛しそうにケイゴさんに触れて、キスをした。





そしてその日を境にかわった。

さんは自分を責めいてるようだった。

僕はまた見ていることしかできなかった。

四十九日も終えた頃、僕はさんと同じ氷帝学園に入学した。


「長太郎、を頼むな」


ケイゴさんの言葉。

僕は――どうしたらいいですか?



まず、さんを笑わせたいと思った。

だからイロイロ頑張ってみた。

気分転換になるかと思ってテニス部のマネージャー業を紹介した。

初日だけ来てくれて、もう二度と来なかった。

さんはずっと自分を責めて、ケイゴさんを想ってる。



「ケイゴさん、大誤算ですよ」



あなたのしたこと全て、裏目に出ています。

あなたの優しさがさんを苦しめています。

ケイゴさん。
僕はどうすればいいですか?
























ケイゴに伝えたい。
この想い。

全て。

お墓に行ってみた。

ただの石。

何も感じなかった。

ここにケイゴはいない。

ただ、そう思った。



ドコにいる?
ドコに向って叫べば、ケイゴに届く?



思い付かなかったから、空に向って呟いてみた。




「ケイゴ、私にはあなただけ」





ふわって風が吹いた。

優しい、優しい春風。

なんか涙が出た。




























さんがどれだけ、ケイゴさんに愛されていたかを書きたかったの。
ケイゴさんを書かないと、跡部景吾と話を進められないから。

まったくもって夢小説じゃないれど、いいの。アコは好き勝手に書くの。
誰も読んでなくてもいいの。アコが書きたいだけなの。
ワガママな管理人だこと…(ごめんなさいっ!こんな管理人で!!!)