ぽっかり穴があいた。
いつもいた人がいなくなる気分とはそういうものだ。
日常が欠ける。
という言葉がしっくり当てはまるだろうか?
いつもそこにいて、そこで笑っていた少女がいない。
はいない。
◆欠けたモノを補うには◆
「侑士知ってんだろ?!」
プンプンと頬を膨らませ抗議する岳人
「さみC…」
岳人のように騒ぎ立てはしないもののジッと見つめるジロー。
その非難の中心にいるのは忍足侑士。
「だから知らんて言うてるやん」
何故責められているのかと言うと『』がいなくなったから。
いなくなった=忍足と何かあった。
そう簡単に結びつけた二人が忍足を責めているのだ。
「の実家くらい知ってんだろ? ケータイ繋がんねぇし! だいたい侑士っ! 何したんだよ?!」
「ちゃんいじめた? おしたりくんだめ」
「オイ、ガキ共。それくらいにしとけ」
騒ぐ二人を静めたのは跡部。
軽く溜息をつきながら
「の家くらいすぐ連絡してやるよ」
「マジで?!」
「あとべくん、知ってるの?」
「調べれば、すぐだ」
そして薄く笑って
「でもなぁ、忍足なら知ってんじゃねーの?」
なぁ? と視線が忍足を貫く。
跡部は勘がいい。
話さずとも事の経緯くらい察しがついているのだろう。
が現れた理由。
そして
「は――馬鹿だな」
去った理由も。
「せやな」
忍足侑士と結婚しろと言われ、ココまで来た少女。
忍足侑士の自由を守るために、別れる事を前提に来た少女。
全ての犠牲を自分で背負う事にした少女。
「ほんまにアホな女やわ」
笑いながら『好き』だと言った。
真剣に『愛してる』とも言った。
いつも真っ直ぐ忍足を見つめていた。
笑顔のままで、裏に数え切れないほどの葛藤を抱いて
それでも
笑顔で。
「私は侑士しか愛せませんもの」
と言い切る程の想いを
『別れ』がその先にあるのなら、と
一定の距離を保った少女。
近付きたい。
けれど
近づけない。
それでも一生記憶に残してもらえる程の印象を
たとえ、それが嫌悪であっても。
そうやって付き纏っていた少女。
「ほんまに、アホやわ」
それは全部。忍足を守るため。
この歳から『自分達の世界』に縛られないように。
自分自身は絡められても、忍足を絡めようとする糸は断ち切って
「なんか…ムカついてきたわ」
クシャリと表情を歪める忍足を見てククッと跡部が笑みを漏らす。
「なぁ、忍足、いいこと教えてやろうか?」
「だるー」
は窓枠に手をかけ、呟く。
外はこんなに天気がいいのに。
自分の心は真っ暗。
忍足と話した翌日、誰にも何も言わず実家に戻った。
そして祖父に報告した。
「忍足侑士から婚約破棄を申し渡されました」と。
祖父は大激怒。
罵られ、嘲られた。
しかしはの切り札。
次の資産家の名前を挙げられ、俗に言う見合いをすることを命じられた。
それともう一つ。
今度こそ失敗は許さない。
念を押される。
そしてそれをは受け入れた。
コレが本当の自分の目的だったから。
そして今日が見合いの日。
平日で本当なら中学生であるは学校なのだか先方の都合で今日になったのだ。
はっきり言って気は進まない。
しかし『家』の為。
何より大事な『忍足侑士』は守れたのだ。
「これ以上の贅沢は……ダメ……だよね」
コンコンッ
が外を眺めているとドアがノックされ、「入るぞ」という声と共に祖父が入ってくる。
「行くぞ」
綺麗に着飾ったを一瞥すると部屋から出た。
何も言われなかったということは合格点なのだろう。
部屋を出る前に鏡で乱れていないかチェックする。
紅い振袖、結い上げられた髪、薄く化粧をした顔。
「こんな姿みたら、皆何て言うかしら?」
くすっと笑みが零れる。
絶対に見せられない人々、それを分かっていてそんなことを言ってしまう自分。
「嫌…ですわね」
苦笑いするとゆっくり部屋から出た。
玄関先に停められた車に乗り込み、見合い場所である料亭に向かう。
その車中で祖父から何度目かの相手についての情報を言われる。
家のこと、名前、歳、誕生時、血液型、身長体重、好きなもの……
事細かに説明される。
そしてそれを覚えさせられた。
覚えた上で相手好みの完璧な女になることを求められる。
つまり『自我』は捨てろ。ということ。
「お爺様、もう結構ですわ」
「完璧か?」
「はい」
それでも、自分に残された道はコレしかないのだから従う。
息苦しくて仕方がないが、自分の居場所はココなのだから――
車は進み、目的地である料亭についた。
高級感溢れるたたずまいに慣れていない者なら怯むであろう。
「」
「はい」
その料亭には臆することなく入る。
雰囲気に飲まれていては戦えない。
その先に待つ、自分の人生と。
通された離れの一室で相手を待っていると「遅くなる」という知らせが入った。
仕事の都合で1時間程遅れるというのだ。
「暫し、席を離れる」
落ち着かない様子の祖父は部屋から立ち去った。
落ち着けない理由も理解できる。
自分が必死になって守ってきた『家』に関わる事なのだから。
「……」
祖父と対照的には何があっても微動だにしなかった。
ただ一点を見つめ、ジッと座っている。
いつ相手が現れても動じないように。
身体を震わせないように。
従順で大人しい娘を演じるために。
そうして、1時間の時を過ごした。
ドタドタという音を立てて慌てて祖父が戻ってくる。
そしての隣に座り、呼吸を整えると
「わかっているな」
にだけ聴こえる程の小さな声で確認を取る。
「はい」
返事をした直後、スッと扉が開き見知らぬ男性が入ってきた。
その顔を見て、は微笑む。
もちろん心から笑っているのではない。
しかしその華のような微笑で迎えられた相手は途端に頬を赤らめ、いそいそと指定の席へとついた。
それを確認すると深々と頭を下げ
「と申します」
挨拶をする。
微笑みを貼り付けたままの顔で頭を上げようとした時
スパーンッッ!!
戸が勢いよく開けられ、もの凄い音を立てた。
何事かと戸の方を見ると
の目がこぼれんばかりに見開いた。
肩で息をし、汗をかいた顔。
「なっ何ですか? 貴方は」
見合い相手が声をあげるが
も祖父も何も言えない。
「はぁ…はぁ……」
乱れた息は整わず、呼吸だけが響く。
何十秒が経った時
「何…してんねん」
そこに立っていた見知った顔は声を発した。
「……ゆ」
姿もあって、声も聴こえた。
ということは夢ではない。
「…侑士」
そこに立っていたのは間違いなく、忍足侑士。
「どうし…て? なんで、いる…の?」
の声は震えて、上手く言葉にならない。
「なんでって」
つかつかと部屋に入ってくるとの前にしゃがみ
「迎えに来てんで?」
「え?」
忍足の発した言葉の意味がわからず、きょとんとしているを
「よっ」
と、抱えあげると
「じゃあお孫さんは貰うて行きますので」
の祖父に言った。
「ちょっ…侑士っっ」
いきなり抱き上げられたが抵抗しようする。
「暴れんなって、なぁ?」
そんな抵抗など気にせず、忍足は部屋から何事もなかったかのように出ようとする。
その後姿にの見合い相手が
「何者だ?! 彼女をはなせ」
と怒鳴りつける。
その男に冷ややかな視線で
「忍足侑士。の婚約者や」
と言い放つとスタスタと廊下を歩いて行った。
が忍足の腕から開放されたのは外に停まっていたタクシーの中だった。
「ちょっ! 侑士!! 何してますの?! というか何してますの?!」
「何してるのかって2回訊いとるで?」
「そんなことはどーでもいいんですのーっっ。私、戻らなきゃ」
タクシーから降りようとするの手を忍足がぎゅっと握る。
「行かんでええ」
「侑士?」
「さっきも言うたやん。俺がの婚約者やて」
「……」
「それともは婚約者が2人もおるん?」
「だって…婚約…解消……」
「俺は同意してないけど」
「でも…え?」
「戻ってきい」
「…ドコへ?」
「氷帝に」
「えと…」
「岳人もジローも淋しがってんで?」
「……」
「っーか」
握っていた手を引かれ、抱きしめられる。
「黙ってどっか行くな」
「侑士」
「婚約は継続で。まだ…結婚とかは考えられん。けど」
耳元でそっと囁く。
「がおらんと、あかんねん」
「侑士…」
「皆がな」
「……」(怒)
「ウソや、ウソ」
「……」(疑)
「戻ってきい、」
「……?」
「どうしたん?」
「名前…呼んでくれるの?」
「嫌なら止めるけど」
「嬉しいっ!」
そんな2人を乗せたタクシーは走り去った。
「そろそろか?」
時計をチラチラと気にしていた跡部が席を立つ。
午後の授業中だというのに気にした様子はない。
そのまま廊下に出て、各教室を回りテニス部員に声をかける。
「お姫様が戻ってくるぜ?」
***反省***
ごーめんなーさーい。
中途半端にコレ続く。
次の話でちゃんとさん戻ってくるからっっ(>_<;)