「侑士っ侑士っ侑士―っっ」
いまだ夢の中にいる忍足に少女がドカッと飛び乗る。
「ぐはっ!」
「大変ですのっ大変ですのよーっっ!!」
忍足の上で暴れるのは。
忍足侑士の婚約者である。
◆新生活◆
「……なにしてんねん……」
覚醒しきってない忍足はゆっくり身体を起こす。
「た い へ ん で す の !」
「だから、何が?」
眼鏡をかけると、の身体を自分の上から下ろす。
あれから、あのお見合い騒ぎから3ヶ月以上。
忍足とはゆっくりだが、着実にお互いの距離を縮めてきた。
今となってはお互いの家の合鍵を持ち合う仲なのだが
本人達…というか忍足は
「俺ら別に付き合ってないけど」
などと言っている。
「私…実家に戻らなければならないかもしれません」
今回からの物語はのこの一言から始まった。
「なんで?!」
「お爺様が戻って来いと…結婚は侑士が18になるのを待ってからですから、それまで実家にいなさいと。また、花嫁修行に勤しみなさいと」
「なんやねんソレ」
「要因のひとつに氷帝が共学だからっていうこともあると思いますの。前の学校はそれはもうお嬢様学校(もちろん女子高)でしたから…男のカケラもありません。お爺様ったら何を心配しているのかわかりませんけど、あまりにも横暴だと思いません??」
「まぁそやなぁ」
ベットから立ち上がると、顔を洗いに洗面所へ向かう。
「もう侑士ったらちゃんと話聞いてますのー?」
という声を背中で聞く。
聞いているには聞いているのだが、返す言葉が思いつかないのだ。
離れるよりは傍にいてほしい。
しかし、あまり実家に逆らっても利点はない。
自分と婚約中だから他に男が言い寄ってくることはありえない。あの時のような見合い話などありえないだろう。
それならば、を実家へ戻らせたほうがいいのか。
毎日会うことはできなくなってしまうが、それがお互いの為、の為になるのではないだろうか。
今は一人暮らし。
いくら家が近いからといっても何かあっては大変だ。近いが遠い、この距離がもどかしい。
その点実家ならばたくさん人がいるだろうし…
考えれば考えるほど、実家に戻るほうがの為のような気がする。
だから今は
「もうちょい実家と話し合ったらええと思うけど」
こんな言葉しか言えない。
「んもぅっ侑士のバカバカバカッ! 私もう先に学校へ行きますっ!」
ぷりぷりと怒りながらは部屋から出て行った。
「…どうしろっちゅうねん」
呟くと同時に素早く身支度を整える。
5分もしないで、部屋から出て行った。
「待てって」
もそうとう早歩きで歩いたのか、追いつくのに思っていたよりも時間がかかった。
ようやく隣に並ぶとは
ぷくーっ
と頬を膨らませたまま忍足を見ようともしない。
「あのなぁ」
「もういいです。いいです。侑士なんか…私がいなくても…いいのでしょう?」
は完全に拗ねているようだ。
「……アホか」
「侑士がアホですっ!」
キッと忍足を睨みつけると、持っていた鞄を思い切り振り上げ
バコッ!
忍足を殴りつけた。
「侑士のボケ! アホ! バカ!」
言うだけ言うと走って行った。
忍足はポカーンとその後姿を眺めるだけだった。
その後の朝練も、授業中も、休み時間もことごとく忍足はに無視された。
まるで脳内から忍足を削除したような完璧な無視だ。
それは放課後になっても続き、ようやくテニス部員全員がと忍足の間に何かあったのだと気付いた。
「の奴、どうしたんだよ」
に渡されたドリンクを持った跡部が忍足に問う。
「どうしたって言われてもなぁ」
答える忍足の手にドリンクは無い。
「ケンカか? 珍しい」
「ケンカっちゅーか」
「何だよ?」
「実家から帰還命令が出たんやって」
「あ?!」
「は帰りたないて言うてるけど、帰ったほうがいい気がしてん」
「で、ケンカってことか?」
「ケンカっちゅーか…まぁそやなぁ」
「お前、独占欲強いな」
「独占…言われたら、そうかもな」
苦笑まじりに忍足が言った。
「あらやだ。タオルとドリンクが1個ずつ余ってる〜!」
遠くからそんなわざとらしいの声がする。
「捨てるのもつたいないから、ココに置いておきますから〜」
そんなを見て、また笑う忍足と跡部。
一度失って、また得たこの日常。
もう失うのは嫌だ、嫌なのだが。
失うことによって、に家族と安全が保障されるのならその方がいいのかもしれない。
それに
跡部にも言われたとおり、忍足は独占欲が強かったようだ。
の祖父の意見に同意するところがあった。
氷帝は共学だ。
自分という婚約者がいるものの、に想いを寄せているものは少なくは無い。
それなら……
と思った。
自分や、仲間がの傍に四六時中いられるのなら、そんなことは思わない。
しかし、それはありえない。
誰だって必ず一人になる時間が望まずとも出来てしまう。
もしその時に何かあったら…
そんなこと考えたくも無いことなのだが。
『もしも』はいつ起こるかわからないから怖いのだ。
そうこうしているうちに部活は終わり、帰り支度を始めだす。
今日一日に無視され、少し落ち込んでいた忍足がボーッと着替えていると
「……」
部室の外から声がした。
「?」
あまり気にせず、着替えを続けていると
「なっ…なんなんですの? もうっ! 跡部さん! きゃぁ!」
という声とともにが部室にやって来た。
というか、無理矢理連れて来られたようだ。
「……」
暫くの沈黙の後、「じゃあな」という跡部の声で部室の扉は閉められた。
つまり、話し合え。ということなのだろうが…
気まずい…。
唯一の救いは忍足の着替えがほぼ完了していたこと。
中途半端に脱ぎかけていたり、着ようとしていたりしたら、更に気まずかっただろう。
「……なぁ、」
「!! だ…誰もいないのに声がしますわ! コワイコワイ!!」
「いい加減にせぇ」
「……だって」
「あのなぁ」
最後のボタンをかけ終わると、ドカッと座り、を見上げる。
「女の一人暮らしは…危ないやろう」
「え?」
「これでもずーっと思ってたんやで? 社会人ならまだしも、まだ中3のガキや。はまぁ…しっかりしとるけど…うっかりさんやし…(ニブチンやし…)」
「侑士?」
「実家のが…安全やと思うよ」
「心配…してくださってたのですか?」
「どちらかといえば」
「私てっきり、私がいなくなれば女遊びできるから実家に帰れと言われているとばかり…」
「俺はあたるか…」(呆)
「私はラムちゃんのように電撃で懲らしめる事はできませんけどね」
「ぷ…何で通じてんねん」
クスクスと笑うの手を取ると、グッと引き寄せた。
体勢を崩したが倒れるように忍足の手中へ。
そしてそのまま抱きしめられる。
「え? え? ゆ…ゆう…し?」
「そういえば、ちゃんと言うてなかったと思って」
「え?」
「好きやで」
「……」
「の好きと比べたら、温度差あると思うけど…俺はのこと好きやで」
「…ほんと?」
「だから危ないことさせたくないねん」
「ゆう…し」
「泣くなや、アホ」
自分の肩に頭を押し当て、涙を流すを本気で忍足は愛しいと思った。
帰り道、初めて手を繋いで帰った。
気恥ずかしさと、嬉しさの入り混じった気持ち。
ここ数年忍足が感じていなかった気持ち。
「帰ったら、お爺様に連絡します」
「ん」
「ねぇ、侑士。やっぱり私家に戻りたくないよ。淋しい…」
「……でもなぁ」
「実家から…誰かに来てもらう…というのはどうです?」
「は?」
「一人暮らしが危ないというのなら誰かに来てもらえばいいですし、学校のことは…侑士がいるから大丈夫って言えばなんとかなると思いますの」
「……」
「私…侑士の傍にいたいよ」
「…お前」
「?」
「そんな可愛いこと…俺以外の前で言うなよ。絶対」
「え?」
「たまらんっちゅーねん」
「……侑士のアホ」
この時、確かには笑っていた。
つい15分前のことだ。
それが今
「侑士っ!」
顔面蒼白。とはこのことだろうか。
真っ青になったが突然忍足の部屋にやって来た。
「ど…どないしたん?!」
慌てる忍足を見上げは言う。
「あんのクソジジィ! もう嫌です!」
「は?」
丁度その時、の携帯が鳴った。
青かったの顔がどんどん赤くなっていき
「お爺様!!」
怒りが声となって、電話相手に届いた。
「何なのですか?! 横暴すぎます! 勝手すぎます! 酷すぎます!!」
何が何だかわからない忍足はただその様子を見つめることしかできない。
「もう嫌です! こんなやり方しかできないお爺様なんて大嫌い!! 私絶対家には戻りません!!」
ブツッ!!
怒鳴るだけ怒鳴ると相手に反論させる隙を与えず、電話を切った。
「ど…どうしたん?」
肩で息をするを宥めつつ話を聞く。
「……帰ったら……部屋が空っぽでしたの」
「は?!」
「お爺様が勝手に私の荷物実家に送ったようですの! 部屋もひきはらって…つまりあの部屋には私もういられませんの!」
「うわ…」
「酷すぎます!! こんなの酷すぎます!! 私絶対帰らない!! 言いなりになんか絶対ならない!!」
「はぁ…」
「ってことで侑士、私ココに住んでもいい?」
「は?!」
人生何が起きるかわからない。
ものすごい久しぶりに忍足さん書きました。
放置しすぎました。
ヤバイです(滝汗)
氷帝放置しすぎた!
アコだめ!!
ってことで、同棲編スタート!