「順調です」

放課後。
誰もいなくなった教室の片隅で、険しい顔をしたが携帯を片手に単調な声で言う。

「まだなんとも言えませんが……ええ……どうにかしてみせます」

その声はとても冷ややか。

「……また、こちらから連絡いたします」

プツッ

はぁと溜息を吐き携帯を鞄にねじ込むと一度瞳を閉じ

「んっ」

パッといつもの表情に変えると教室を飛び出した。


◆もくてき◆


「ゆーうーしっvv」
ニッコリと微笑み、タオルを差し出す。

「…………」

それを無言で受け取る忍足。

「お礼も言えませんの?」
「……アリガトウゴザイマス」
「あっついでだから向日さんもタオルどうぞ」
「(無視かい?!)」
「ありがとー(侑士の顔がコワッ)」

が(忍足専属)マネになってから明らかにテニス部が華やかになった。
実はマネをやっていたのは1年部員。そう、テニス部に女子マネはいなかったのである。
なぜなら200人もの部員のサポートという仕事はかなりハードで、そこらの運動部の数倍
の運動量を誇る。それに最大の難関

「あーっ忍足君がイジメられてるー」
「向日くんに近寄らないで欲しい」
「キャー跡部様―っっvv」

このフェンスの向うの集団。
氷帝テニス部、各々のファンによって女子マネは潰されていくのだ。

しかし

「チッ…うるさいわね」

この舌打ちするという女は全く屈しなかった。
呼び出されても、無視。
罵倒されても、無視。
あげく暴力をふるわれそうになったら返り討ち。

そうやって今もこの地位についている。

「跡部さん、救急救急箱の中身補充しておきましたから」
「ああ、それと」
「洗濯でしたら終わりましたわ」
「いつもながら仕事が早いな」
「お褒めいただいて光栄ですわ。ああ、そうそうドリンクも作っておきましたから」

完璧にこなすマネ業。
部員の多くはに感謝の念を抱いた。
そう
忍足侑士以外は。


なんでやねん! なんでやねん!!
すぐに辞める(させられる)と思っとったんに!
俺はどないしたらええねん? 正レギュラーという肩書きを持ってるが故に逃げられんし、
辞められんし!!
だいたい景ちゃんが悪いねん!!
などとブツブツブツブツ頭を抱えて言っている。

「侑士、また独り言ですの? ボケ老人みたいですから止めていただける?」
「うっさいわ!」
「まぁ酷い。それが(未来の)妻に対する口のききかたですの?」
「寄るな! 近寄るな!!」

↑のような会話がテニスコートに毎日響いているのだ。

そして最後はこの一言で終わり。

「忍足、五月蝿いぞ」
「榊先生v」

はなんと榊太郎を味方に引き入れたのだ。

「…スミマセン」

榊に言われては忍足も何も言えない。

こうやってテニス部の一日は過ぎて行く。
これが日常になりつつある春であった。







「ねぇーえ。ちゃんはおしたりくんのことすきなの?」

ある日の部室でジローがを見上げ問う。
「おしたりくんのどこがすき?」
「ドコって親の決めた婚約者だぜ? 名前だよなぁ?」
それに跡部がちゃちゃを入れる。

散らかったモノを片付けながら
「そうですわねぇ」
が考え出す。

「何も言わんでええ!」
忍足が止めるものの

「『名前』で惚れるなら私は『忍足』より『跡部』に惚れますわ」
当然のように言った。
「私と侑士は5歳の時、一度会っていますの。その時にズキューンと惚れましたわ」
「5歳? またえらく昔の話だな。面白そうだ。聞かせろよ」
「跡部さん、私の大切な想い出を面白いだなんて失礼ですわよ」
「いいじゃねぇか。なぁ忍足、お前も聞きたいよなぁ」
「聞きたない」
「まぁv侑士、覚えていますの? 知ってるから今更聞きたくないってことですわよね?」
瞳をキラキラと輝かせては忍足の顔を覗き込む。
「知らん」
そんな顔を見ようともせず忍足は否定した。

腰に手をあて怒っていることを主張しながら言う。
「じゃあ今から言いますから覚えておいてくださいましね」
「言わんでええて言うてるやん!」
「…では……ひとつだけ」

の表情が少しだけ曇る。
その変化に気付いた者は誰一人いない。

「侑士は私に教えてくださいましたの。それだけですわ」

にこっと微笑むと「榊先生に呼ばれていますので」と言い部室から去った。
残された者達には

「教えた…ねぇ……5歳のクソガキに何が出来るっていうんだ? なぁ、樺地」
「ウス」
「おしたりくんなにをおしえてあげたの? じかん?」
「知らんわ!」

疑問だけが残った。








夕陽に照らされた長い廊下を足音もたてずは進む。
職員室を素通りして。
つまり、榊に呼び出されたということが嘘なのである。

向う先は誰もいない教室。
本当は誰もいなければドコでもいいのだが、ついこの教室に来てしまう。
理由は一つ。ここの窓からテニスコートが見えるから。

窓際に立つとポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを見る。

『不在着信有り』

この文字に眉を顰める。
はぁ。と大きく溜息をつくと表示されている番号に電話した。


呼び出し音が続く中、ふとテニスコートに目をやった。
そこには着替えを終えて帰ろうとする忍足、向日、跡部、樺地がいた。
他愛無い会話をしているのだろう。
皆一様に微笑んでいる。
その様子を見て、も微笑む。
その時、ふと目が合った。

視線が交わるのは忍足侑士。

鋭い目でこちらを見ている。というか睨んでいる。
その視線に気付き向日が大きく手をふる。
それに小さく手をふりかえした時

か」

電話が繋がった。
ビクッと一気に身体が凍るのを感じた。
パッと窓に背を向け

「……はい。私です」

電話の相手に話し出した。













「むむーっクソクソめ! バイバイの途中にいきなり背中むくなんて」
ぷくーっと頬を膨らませ向日が歩き出す。
「電話してたなぁ。浮気されてんじゃねーのか?」
跡部がからかう。
「……」
「ゆーしー? 何ボーッとしてんだよ?」
何も言わない忍足に向日が話しかける。

「今、アイツおかしなかったか?」

向日の言葉とは裏腹に忍足がポツリと呟く。

「はぁ? 別にー。ただ電話が繋がったから背中向けただけじゃねーの?」
「そう…か?」
「なんだよーっのことが心配なわけー? 明日に言ってやろ。喜ぶぞー」
「岳人、余計なことは言わんでええ」

コツッと向日の頭を小突くと歩き出した。





















「ですから心配なさらないでください

……ええ……わかっています

忍足侑士は必ず

私が





連れ戻します」





薄暗い教室に声が響く。
抑揚の無い声。

そして、苦虫を噛み潰したような顔の

電話の相手はこう言った。

「期待しているぞ」

その言葉に対する言葉は決まっている。

「はい、お爺様」












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目的が明らかになりました。
さんも複雑なようです。

まだまだ続きそうですねコレ。

っーか忍足ドリームじゃない!
忍足さん全然出てないし、甘々じゃない!
うわっ…あららら……
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