心なんて痛まないわ。

どうしても欲しいのだから。

私にはあの人だけなのだから。

誰を犠牲にしても、構わない。

誰が泣いても、構わない。


あの人を手に入れるためだったら、世界だって敵にまわすわ。





■心、■










誰からだったかしら

絶対に青学に戻ると心に決めていたけれど、それは高校入学を機に。と思っていた。

それを今、この中3の時期に早めさせたのは誰かの一言。



『不二くんに彼女できたのよ』



それだけでは大したダメージはなかった。

年頃だもの。しょうがない。

それくらいだったの。

でも



『びっくりしたよ。不二くんってあんな人だったんだね』



これには吃驚した。

周助が全校生徒に本性をさらすだなんて。


笑顔、物腰、すべて柔らかいのは他人と距離を置く為。
笑っていれば差し障りがないもの。

だから、だったのに。


その周助が私以外に素を出しただなんて、信じられなかった。




『もう彼女にベッタリなの。彼女の一挙一動で不二くんコロコロ表情変えて、可愛いんだよ』






悔しい。悔しい。悔しい。



周助の本当の姿、心は私だけのものだったのに。



皆、皆、偽者の周助だけを知っていればいいのに。























放課後の教室、時計を見て周助が部活へ行った頃だと確信する。

今日は周助にいてもらっては困るの。


椅子から立ち上がるとがいるであろう教室へゆっくり向かう。
一歩進むたびに心の中で声がする。



まだ早いのかもしれない。

私は焦っているのかもしれない。

だからこんな声が聞こえるのかもしれない。

『早く早く』と急かす声と

『まだ早い。もっと…もっと』と制止する声。

実際、早いのかもしれない。

もっとの信用を得てからの方がいいのだろう。

でも

我慢なら無い。


周助がに向かって微笑むのも

が周助に微笑むのも。









さん」

廊下から声をかけるとは飛んできた。
大きな瞳を丸く開いて、私を見上げている。
私の方が身長が高いのだから仕方のないことなのだけれど

「はい、なんでしょう?」

もしかして大事な話、というのですか? とが辺りを見回す。

「場所、変えますか?」
「ええ、その方がありがたいわ」
「えーっとえーっと、では……」
「図書室でいいわよ。人、こないだろうし」
「あははー。そうですね、では行きましょうか」



どうして、周助はこんな子を選んだのだろう?
全てが普通。
十人並みの子じゃない。
天才のアナタの隣に並ぶべき存在ではないわ。



「あら? 変ですねぇ図書委員いません」
「私には都合がいいけど」
「そう…ですね」



『いい子』だとは思うわよ。
すぐ騙されるし、甘いし

でも

『いい子』すぎて

たまらなく

イライラする。




「あの…大事な話…というのは?」
「……あのね」




こんな子 大嫌い




「昔話、しようと思って」
「昔話ですか?」
「ええ、私の――」




夕陽が眩しい。
この教室ってこんなに西日が差すのね。


この光が逆光になって今の私は暗いでしょうね?


いい演出になるわ。


さぁ始めましょう。


滑稽な猿芝居。


それでも絶対にアナタは信じるはずだから。






「私ね、病気なの」
「え?!」
「突然ごめんなさいね。1年の時の引越しだって治療の為にだったのよ」
「ど…どこがお悪いのですか?!」



そんな本気で心配したような目で見ないで。
体のことなんて引越した動機の一部。
大半は親の仕事の関係でだったわ。
入院だって赴任先にいい病院があるからついでって感じだったし。



「ちょっと…ココがね」
トンッと胸を指差す。
「心臓ですか?!」

胸を指したけど誰も心臓だとかは言ってないわ。
本当は心。

入院したのは心療内科。
ストレスが溜まりすぎての入院だったわ。

それと

周助との別れがあまりにもショックで



「私には…時間がないの」
「…え?」





どんな嘘だってつく。


少しの真実を大きな嘘に変えてやる。






「私のここ、もう耐えられないの」



トンとまた胸を指す。




本当に、もう耐えられない。
私の心はもう耐えられない。






「錦ちゃ…ん?」







かえして





私にかえして








「私の命かけて好きな人――…かえして」








「錦ちゃん?」










「もう私には時間がないの。かえして、周助をかえして」










さぁ勘違いをして。


心臓が弱くて、その心臓がもう限界で、私はもうすぐ死ぬのだと


そう――勝手に勘違いして



そして『いい子』なんだから私にかえして



周助をかえして






「…あの、錦ちゃん」



顔面蒼白。

本当に『いい子』

あっさり信じて…

そんな重い病気だったら学校になんて来れるはずがないじゃない。



本当に都合がいい子。





「私には周助だけなの。今も昔も。ごめんなさい、こんなこと言って、でも…でも」





涙だって流せる。

嘘の涙だって、なんだってできる。

思ってもないことだって言える。







「にしきちゃ…から…だ」
「そんなことはどうでもいいのっ!」







混乱してるの?

『友達』だと思ってた私からの『病気』宣言。
そしてアナタは勝手に私が死ぬんだと思っているものね。
それに加えて『周助をかえして』

混乱するのも無理はないわ。

でも、かえってありがたい。

混乱でも何でもして判断力を鈍らせて







「最後まで…周助と一緒にいたいの…」







周助の隣にいるのは私でありたい。

私以外はありえない。


ありえてはいけないの。






「…かえしてくれないなら、奪うから」







奪う?

自分で言って笑えてくるわ。

周助を奪ったのは、アナタじゃない。

私は取り戻しに来たのよ。

アナタから。

最愛の人を――







「無理矢理にでも奪うから」








もう

耐えられない。

私が見たかった笑顔。

私が周助のなかから出してあげたかった本当の微笑みを

この女の隣で見せるなんて耐えられない。







「かえしてくれないんだったら、周助殺して私も死ぬわ」








それくらい本気。

命だってなんだってかけれるくらい好きなのよ。
















さん、周助と別れて」




















不二様出番無し。
これでも一応不二様ドリ。