顔面蒼白。

この言葉が今、世界で一番きみに似合うよ。錦。





「僕の心は一生、錦には見せないよ。そんな惨めな付き合い、錦は続けたい?」
「周助!!」

もう終わりにしよう。
本当にこれで最後。
僕達、ふたりの関係からは何もうまれない。

「錦、僕のこと好き?」
「好きよ! 周助しかいらない!」
「そう…じゃあ、僕が運動も出来なくて、成績も悪くて、姿がコレじゃなくても?」
「え?」
「錦の僕への気持ちは恋じゃない。あの頃の僕と同じ。自分に釣り合う人間が欲しいだけだ。 僕が、不二周助が好きなわけではない。錦と釣り合う恋人だから僕が好きなんだ。言ってる意味、わかる?」

僕にしつこく付き纏うのはプライドを傷つけられた悔しさと、自分がフラれるはずがない。フラれてなるものかという意地。
それと、もうひとつ。
自分より劣るに僕が奪われた。
そんなに対しての怒り。

それらが錦を動かしている。

決して、恋心ではなく。



「周助、私は本当に」
「じゃあ今から硫酸でもあびてこようか?」
「え?!」
「顔…ドロドロになっちゃうけど、それでも僕を好きだと言える? そんな顔で錦の隣ずっと一緒に歩いていいの?」
「い…いいわよ! 周助なら」
「……やっぱりダメだ。そんな意地、僕はいらない」
「周助…!」

もし
今の質問をにしたら
絶対

「不二くん! そういうこと冗談でも言ってはダメです! それに、そんな痛い事不二くんにはさせませんよ。絶対私が止めます!」

って頬を膨らませて、怒りながら言うんだろうな…




「錦、いい加減、夢から覚めなよ。僕みたいに。目覚めればいいことあると思うから」





最後に微笑む。
錦に向かって、はじめて、微笑んだ。

きみが幸せになれるように。

そう、祈りを込めて。









■気持ち −後編−■







錦の元を去ると、今度は凄い顔をしたさんと出会った。


「不二のバカ! アホ! ボケ!! 糸目!!」


泣きそうな顔をしてこの暴言の嵐。

「ど…うしたの?」
「あんたのためじゃないもん。のためだもん」
「えーっと」

さんがココまで取り乱しているの、はじめて見た。

「不二、に感謝しろ」

さんに対してどうすればいいものか、考えているとトイレットペーパーを持った乾が現れた。

「どうして?」
が、のいじっぱりで頑固な性格をどうにかしてくれたようだ」
「え?」
「はやく行きなさいよ! あんたのせいで私に嫌いって言われたのよ」
「えーっと…どういう…」
「保健室のある校舎の廊下側の窓の下。行けばわかるから、行け! お前の顔なんかみたくないんだ! に…嫌いって言われたのあんたのせいなんだから!!」

さんが…こわい……
何があったのかは、わからないけど…
保健室のある校舎の窓の下…ああ…あそこか…
あの誰も立ち寄らない…

「ぼけーっと考えてるヒマがあったら行け!!」

さんが履いていた上履きを投げつけようとしてきたから慌てて、走る。
とにかく行かなきゃ殺されそうな勢いだ。










「う゛―っ」
…泣きたいなら泣けばいい。少しはすっきりするぞ」

乾は、不二の背中を見送るの顔を覗き込む。

「泣かないもん」
だって事情はわかってくれるさ」
「……うん」
「ほら」

そう言ってトイレットペーパーを差し出す。

「なんで…コレなのよ」
「だっては泣くと凄い量のティシュを必要とするだろう?」
「……なんで知ってんのよ…」
のことなら何でも」
「……きしょい」

この会話が終わる頃にはもう不二の姿は見えなくなっていた。










さんから逃げるように指示された廊下へ向かっていると

さん?!」

僕の一番大好きな人の名前を呼ぶ大石がいた。
大石は慌てた様子で窓から飛び降りようとする。
たいした高さはないけれど、うん。無難な選択だね。
踵を返すと、昇降口へと駆けて行く。
僕がいる方向とは反対方向だから、今ココに僕がいることを大石は気付かなかったみたいだ。

大石が走って行った後、窓から下を覗くと
薄汚れたがいた。
土で汚れた制服。
目元が赤い。泣いていた?

どうしたの?

今すぐにでも駆け寄りたい。
でも、できない。

心は飛んで行きたいのに、足が動かない。

理由は、たぶん



「…別れよう」
「何度も言わせないでください。今まで、ありがとうございました。それなりに楽しかったです。でも」
「でも、幸せではなかった」
「さようなら不二くん」
「私は不二くんなんかもう何とも思ってない」




の口から出た、真実でないだろう言葉。
コレが僕の足を止める。

錦が何かして、別れることをは決意した。
自惚れかもしれないけど、は僕を本当に嫌いになったとは思えない。

でも

僕はが別れ話を切り出してすぐ、錦と寄りを戻した。
これは錦と本当に別れるため。だったけど…
寄りを戻したということは事実。
絶対の耳にも届いているはず。
理由を知らないからすれば…自分より錦を取った。
と思われるかもしれない。

自分のことは忘れて、あんなことをした自分なんか嫌いになって、そして錦と付き合いだした。

そう、思っているかもしれない。

そして

僕のこと…嫌いになっているかもしれない。

そう思うと足が重い。
自分の足ではないようだ。

下を見れば、大石とが会話をしている。
声は聞こえない。

あ…

が腕で、顔を拭ってる…
泣いてる?


大石、何泣かしてんだよ!?
オロオロしてんじゃねーよ。




どうしたの?

何がそんなに悲しいの?


僕は重い足をひきずる。
嫌われていたっていい。
最初は嫌われていた。
最初に戻っただけ。
また、始めればいい。









ありえないくらいの遅さで、やっと校舎から出る。
すると、大石が走ってテニスコートの方へ向かって行った。

ああ、そっか。部活…

行かなければと思うものの、行ったってこの調子じゃまともなテニスなんてできない。
今はなにより
今日の分は明日練習する。

そういうことにして、校舎の影の部分。
のいるあの場所へ。

右手には校舎。
その校舎もあと数メートル行けばなくなる。
そして曲がればがいる。

あと3歩進めば
あと2歩進めばの姿が見える。

でも

あと1歩のところから足が動かない。
右を向けばまだ校舎。

「意気地なし」

自分で自分へポツリと呟く。

1歩を踏み出せない自分がもどかしい。

でも

そっと

覗くことはできそうだ。

自分でも思うよ。
ストーカーのようだと(笑)

に気付かれないようにそっと顔を出す。

「?」

は地面に這いつくばって何かをしている?
蟻取り? まさかね。

まだずーっと地面を見ている。

??

何かを探してる??

それにしても、何を?



僕がを見だして、5分経過。

まだ地面を見ている。



更に10分経過。

かわらず。



更に更に20分経過。

今度は立って辺りを見回している。
に見つからないよう、咄嗟に校舎で身を隠してしまうあたり僕はあやしい人のようだ。



更に更に更に30分経過。

そろそろ辺りも暗くなる。
は数分前から草木の間に身を入れている。
時折、バッタなどに遭遇して悲鳴が聞こえる。


こんなにいったい何を探しているのだろう?


土だらけになって、汗だくになって、いったい何を――…



「あ!」




ジーッと見ているとがいきなり声をあげた。
バッタなどに遭遇したときとは全然違う声。



「あったぁ……」



安心して、気の抜けたような声。

ガサゴソと草の間から出てきたは『何か』を大事そうに両手で持っている。

その顔は今までに見たことないような笑顔。

いや

見たこと…ある。

あの時。

英二を女の子だと勘違いしたあの日、が「私も幸せ」だと言ってくれて、そして笑ってた。
あの時のような笑顔。

その笑顔が僕へ向いていないのが、悔しい。

が探していたものは何だろう?
モノだろうか?
モノだとしたら誰かにもらったモノ?

だとしたら
腸が煮えくり返るようだ。



「よかったぁ…」



と言いながら、は何かを右手親指と人差し指で持つと空に掲げる。
そして見つめる。
とても小さいもので何だかよくわからないソレを
ゆっくり
左手薬指へと近づけた。



そこまでして、やっと気付いた。








あれは

指輪だ。








しかも忘れるはずがない。
僕がにあげた指輪。



足が急に軽くなる。
重い重い足枷がはずれて
今にも飛べるくらい軽く。



力の限り地面を蹴ると僕はの元へと走った。
















別に前後にわけて書くのが好きなわけではありません(笑)
なんだかスッキリ前向きな話にやっとなってきました。
なんだかアコ、スッキリ爽快。
次回、さんと不二様、久しぶりに会話ですぞ!(ムック口調が最近好きです)

最後に
不二様に「硫酸でも〜」って無責任な発言をさせてしまいました。
ごめんなさい。