ということでやって来ました。
乾家。
チャイムも鳴らさずさんは
ガンッ!!
と、玄関を蹴り飛ばしました。
警察に通報されてもおかしくない行為です。
「……」
その音で家から出てきたのは乾貞治さん。
この話のなかで一番かわいそうな人かもしれません。
「ついてきて」
さんは、ムッスーとした表情のまま命令します。
「また急に…」
「突然って言葉はこの日の為に用意された言葉なの」
「……わかった、わかった。ちょっと待て、準備…」
「5」
「5秒しか与えられないのか…」
「4」
乾さんは部屋に何かを取りに行くかと思いきや、靴を履きだしました。
ポケットにはサイフとケータイ。
これだけあればまぁ困りはしません。
なにより
5秒という時間では何かを取りに行くということはできません。
5秒以上かかると自動的に自分の命が危険にさらされます。
「…1。行くわよ」
今日のさんはまるで女王様のようです。
今回のタイトルは『女王様と俺』かもしれません。
そんな2人が向かう先は、某魔王様のお宅…。
女王が魔王を訪問するなどいったいどんな惨事の幕開けなのでしょうか?
不二家に到着するとさんはアゴでクイッと乾さんに指示を出しました。
「…わかったわかった」
と乾さんが不二家のチャイムを鳴らします。
今日の乾さんは下僕でしょうか?
「やぁ乾…それとさん」
そんな2人を笑顔で不二様は出迎えました。
「行くわよ」
出迎えてくれた不二様に、さんは一言言いました。
「…行こうか」
不二様とさんは事前に連絡を取り合っていたわけではないのですが、不二様は出かける準備が整っていました。
きっと電波で交信でもしたのでしょう。
「?」
一般人…いいえ、普通の人間である乾さんだけ状況についてこれませんが、これが普通の人という証ですので心配はいりません。
「私とアナタ…2人で手を組めば逃げられないわ…」
「そうだね」
クスクスと『王』の字がつく2人がドス黒く微笑んでいます。
その2人を見守る乾さんは不安になってきました。
この2人が手を組んだら…世界は破滅するのではないだろうか…!
と、そんな不吉な考えも頭を過ぎります。
でも、乾さんは2人に「何をするのか?」と訊くことができません。
自己防衛本能のおかげです。
クスクスと笑う2人と、世界の平和を祈る乾さんは歩いて駅に向かい、そして電車に乗り込みました。
電車の中で
「…焼けた肌、黒」
「白い肌に血の赤…」
などという会話が聞こえてきましたが乾さんは両手で耳を塞ぎ聞こえないフリをしました。
自分が関わってはいけない世界だとわかっているからです。
マラソン中や歯医者さんにて治療中に人はよくこう思います。
『あと30分後には全て終わってるよ!』
と。
今現在乾さんはこう思っています。
『今日の夜には笑っていられるよ…!』
と。
夜まではとても長いですが、乾さんは自分を励まし、なんとか頑張ろうと思っているようです。
そして3人が辿り着いた場所は某お店。
店内には女の子がたくさん。
乾さんの顔は青ざめました。
「まさかココに入るのだろうか?」
乾さんの嫌な予感は当たります。
どう考えてもその店内に乾さんは似合いません。
「!」
乾さんは思い出しました。
この場にはもう一人男がいるということを―!!
「不…二……?」
勢いよく不二様を見るとソコにはさんの手によってメイク中の不二周助さんのお姿が……
「マスカラ3度塗りでいい?」
「任せるよ」
「元々長いから、コレくらい塗ってれば嫌味なほどなマツゲだわよ」
「褒め言葉?」
「けなしてはないわね」
まるで女の子のような会話が行われています。
乾さんの頭の中ではイロイロな言葉が流れます。
マスカラ?マスカラとはアレがマツゲのボリュームをアップさせ目元美人、目指せ目力のある女!を目指すアレか?どうして不二がそんなモノを?不二なら元から一睨みで大抵の生物は殺せそうな目力をもっているではないか!?それが何故?!というかコレは目力とかそういう問題ではない気がしてきたぞ。目力を求めるのならどうして化粧になるんだ?!どうして肌は透きとおるように白く、頬はほんのりピンク色で、グロスでツヤツヤな唇になっていくんだ?!髪だってそうだ。なんだその可愛い感じは??!!蝶々のヘアピンなんかしおって…!ちょっとキュンとくるじゃないか?!男が男にときめいてどうする??!!とんだときめきメモリアルじゃないか!!で、なんだ?最後の仕上げはの上着を不二が着込むのか。そうかそうか。のピンクの上着を着るか。そうかそうか。そんなのを着られてはもうまるで女の子のようじゃないか。……。オンナノコ……?も…もしかして不二はそのカッコウで…?いや待て、常識で考えろ。ありえない。……待てよ。常識?この2人に常識が通用するだろうか。否、しない!!断言してもいい。この2人はデータも取れないほど常識から逸脱している!!
まぁそんなことを考えている間に不二様女の子仕様は完成し、店内へと入っていきます。
「……俺は、ココで待ってるから」
乾さんはそういうしかできませんでした。
だって、2人の入ろうとしているお店は『女性の水着専門店』
恋人同士で入ることは可能です。その場合
「コレがいいんじゃない?」
「そう? どうしよっかなー」
「お前ならなんでも似合うって」
などといったトークがうまれ、周りからもあまり奇異の目では見られません。
しかし
このまま乾さんがついて入っていくとさんと不二様が2人で会話をし、乾さんは慌てます。目のやり場にも困ります。そうなるとキョロキョロしてしまいます(逆に一点を集中して見つめてしまっても)見事に怪しい人の完成です。
「…ハッ」
さんは鼻で笑いました。
そして
「イヌイなだけに犬のようにソコで座って待ってるがいいわ」
と仰いました。
どうやら今日は女王様キャラで突っ走るようです。
乾さんは心から思いました。
「どうして今日俺が来なくてはならなかったのだろうか…?」
と。
たぶんソレは『なんとなく』という言葉で片付けられてしまいますが、乾さんには黙っておくことにしましょう。
そんな乾さんを外に残し、さんと不二様は店内に入りました。
そして物色を開始。
「こっちがいい」「いやあっち」などとモメながら約1時間かけて買い物を済ませました。
「犬、コレ持っててちょうだい」
女王は乾さんに言いました。
どうやら今日の乾さんのお役目は『荷物持ち』だったようです。
「……」
不二様は無言でメイクを落としています。
さっきまでの可愛らしさはドコへ行ってしまったのでしょう?
「これで…いいわね」
とさんが笑いました。
「なにがあったかは知らないけど、僕の目的も果たせて嬉しいよ」
と不二様も笑います。
乾さんの体感温度は氷点下です。
「楽しみね…」
「ああ」
乾さんは逃げ出したくなりました。
けれど逃げ出す勇気が出ませんでした。
そして
ただただ祈りました。
「…どうか無事で…!」
と。
この2人が手を組み何かをするなんて誰がどう考えても『さん家のちゃん』絡みです。
「そういえば…来週」
乾さんは気付きました。
「ああ…そっか」
とりあえずさんには何も言わないでおこうと決めました。
せめてもの情けです。
前もって知らせてもさんが「あ゛ぁ゛…」と苦しげな声をあげるだけです。
嫌がっても何をしても、この2人を止めることなんてできないのですから…!
「来週楽しみ…ね」
「うん。はやく別荘行きたいよ」
乾さんは心から祈りました。
「……どうかどうか無事で……!!」
まぁどうなるかは来週から行く『皆でぶらり別荘へ〜テニスにあけくれたりあけくれなかったり〜』で明らかになったりならなかったり…
さてさてどうなる夏休み…。
アコもわかりません(苦笑)