イロイロあったけれど楽しい夏が過ぎた。
たくさん遊んで、たくさん笑って。
勉強もして。
手を繋いだり、頭をなでられてみたり
同じ景色をみて
いろんな事を話した。
ケンカもした。
抱きしめてもらった。
すきで、
すきで、どうしようもない人との楽しい時間だった。
そんな楽しい日々が終わると
季節はいつの間にか秋になっていて
外部受験をする子達がピリピリとした受験モードに本格的に入っていた。
そんな頃
私と、不二くんに最大の変化がおとずれた。
■秋■
「ふーじーくーん」
と甘ったるい声で彼を呼ぶのは、。
「……なに?」
微妙な反応なのは彼こと、不二周助。
「―最近心配事があってぇ、相談にのってほしいピョン☆」
「何キャラ?」
不二とはふたりだけで非常階段に座っていた。
秋風が少し肌寒い。
なぜこんなところに座っているかというと、昼休みに不二のもとへから一通のメールが届いたからだった。
シニタクナカッタラ ホウカゴ 4カイ ヒジョウカイダン マデ コイ。
『チチキトク、スグカエレ』的な文章。
不二は面倒だったが、これに従った。
の行動は9割方意味が無いが、残りの1割がとても重要だということがあったりする。
特にに関しては、とてつもなく重要なことを握っていることが多い。
「で、用件は?」
「んー…」
は作り笑いを止め、座りなおす。
少し下にさがっていた靴下をあげながら
「の様子がおかしい気がする」
ボソッと呟いた。
「の?」
ずっと一緒にいたが、不二は少しも気付かなかった。
いつもと同じ笑顔。
いつもと同じ様子。
楽しそうに喋って。
嬉しそうに自分を見上げる愛しい彼女。
「同じ過ぎるのよ」
「どういうこと?」
「の笑顔が同じなの。全部。同じにみえる」
「……」
「あんな表情、何?」
「何って…」
「なんか嘘っぽいよ。あの笑顔」
「……」
「、不二に何か言ってない?」
「特には…」
「本当?」
「ああ」
は不二の返答を聞くと、遠くを見つめ
ふぅっと息をはいた。
「私の勘違いだったら、いいけど」
そんなの隣で、不二の心は傾いだ。
もしかしたら自分は近くにいすぎて、のことで何かを見落としていたのではないか?
以前、は必死に自分の気持ちを押し隠し不二に別れを告げたことがあった。
泣いて、心を痛めての彼女の決断。
それを不二は一度見落とした。
つらい思いをさせた。
がまた自分に微笑んでくれた時に、もう二度に悲しい思いはさせないと誓った。
どんなことからも守ると決意した。
なのに
また
気付けなかったのだろうか?
のに対する愛の深さは知っている。
の為ならは世界を敵に回してもかまわないだろう。
そんながの様子を「おかしい」と言った。
悔しいが、きっと真実。
「何が…あったの?」
「わかんないよ。ただ、誰もを攻撃はしてないよ。コレは絶対」
「攻撃って」
「前あったでしょ。あんたのファンに嫌がらせされたり。笹馳錦が出てきたり」
「……ああ」
「そういうのは無いよ。そんなんだったら相手ブッ殺すから」
「キミが言うと冗談に聞こえないな」
「私はいつでもどこでも本気です」
頭の中でを思い出す。
笑うとき、一瞬視線を下にそらして自分の顔を見上げる。
あの微笑の中に影があっただろうか?
「ねぇ、が何か言うまで私達、待ってる?」
「……」
「原因調べる?」
「……」
「不二には言うかな?」
「どうだろう」
が何かに悩んでいるのなら、手助けをしたい。
だが、
彼女がそれを望んでいなかったら
時には自分ただひとりで解決しなければならない問題があることも知っている。
「……さんがを大事にする気持ちはわかるけど……かまいすぎ……かもしれない」
「わかってる」
「どうしようもないね、僕等は」
できる事なら、を閉じ込めてしまいたい。
全てのモノから遮断して、自分だけしか見えないようにしてしまいたい。
全てのモノから彼女を守りたいという名のただのエゴ。
彼女の目には自分だけが映ればいい。
一方的な幼い愛情。
「僕もまだまだだな」
「どしたー?」
「の様子…全然気付いてなかった」
「へぇー」
「さんはすごいね」
「……すごくないよ」
そう言っては黙り込んだ。
数分の沈黙。
だが、それは耐えられないものではなく
それがこのふたりにとって自然な形であるかのようだった。
仲がいいわけでもなく、悪いわけでもなく
ただ共通するのは
に対する愛情。
いいライバルのような関係。
「さぶっ」
風がピュウと吹く。
が身を震わせた。
「無理…してたら、助けてあげてね…」
はすくっと立ち上がった。
スカートをパタパタと叩いて砂を掃う。
「泣きそうなくらい、無理してたら、助けてあげてね」
笑顔の異変に気付いたは言う。
「作り笑いでも、まだ笑えてるから。あの笑顔が消えそうになったら、その時はちゃんと気付いて、助けてあげて」
「ああ」
が今、何を思っているか皆目見当がつかない。
でも
「見逃さないよう…気をつける」
「絶対ね」
傾いだ心を立て直す。
今まで、少し幸せすぎて、鈍感になっていたのかもしれない。
こんどこそ、見落とさぬよう。
「あららーもうこんな時間」
ふと時計を見れば5時過ぎ。
部活を引退してしまった身としてはもう下校時間だ。
「と帰る時間っしょ?」
「そうだね」
「じゃっバイバーイ」
「ノリ軽いね」
「ココでふたりで暗くしてても無意味っしょ」
「そうだね」
「のコト頼んだわよ」
「うん」
ピョンっとは階段から飛び降り、非常ドアを開けて校内に戻る。
が行ってしまった後、不二も校内に戻った。
教室に着くと、もうすでに誰もいなかった。
自分の机の上にだけ鞄が置いてある。
その鞄を手に取ると、の教室へ向かう。
今日は後輩の部活先に遊びに行くと言っていた。
もうそろそろ戻っているだろう。
の教室も静まり返っていた。
もう帰ってしまったあとなのだろう。
室内をのぞくと、見知った姿があった。
机に肘をつき、手を組んでいる。
体はまっすぐ正面を向いているが、顔だけは窓の方を向いていた。
声をかけようかと思ったが、言葉がでなかった。
いつもだったらすぐに名前を呼んでしまい、こんなの姿は見れない。
見落としの原因だったのだろう。
「だめだなぁ…私。もう……言わなきゃ」
小さな小さなのひとり言。
かろうじて不二の耳に届いた。
「」
そんなに不二は声をかけた。
何も聞いていなかったかのように、微笑んで。
その声には振り返る。
そして慌てて立ち上がり、不二にかけよった。
そして不二を見上げた。
その顔に微笑みは無く、困ったような…悲しそうな…そんな顔だった。
「不二くん、あのね」
ひとこと、ひとことを言い難そうには言葉を紡ぐ。
不二の体が自然と強張る。
「私、不二くんに言わなきゃいけないことがあるの」
それはのまだ幼く、子供ゆえの決断。
それが、最後のはじまりだった。