それなりに楽しい3年間だった。
友達もたくさんできた。

でも

恋だけはしなかった。



私は今日、高校を卒業した。







「本当に一人暮らしなんて大丈夫なの」

荷物を纏めながら母が心配そうにつぶやく。
その言葉、何回聞いたことか……

「大丈夫だよ」

私は笑って応える。

大学へ進学することになった私は猛勉強した。
表向きの理由は
『進みたい学部に、指導を受けたい憧れの教授がいる』から。

本当はただ
帰りたかったから。


私が過ごしたあの場所へ。


彼がいるあの街へ。



時間が経てば、消えるのかなって思ってた。
この気持ちがだんだん薄くなって、いつの間にか心から消えて
時々、何かの拍子に彼を思い出して
懐かしいなぁ

って

優しい思い出に かわっていく んだって思ってた。

なのに

『思い出』になることなんてなく、思い出すことすらなく
ずっと
想ってた。

毎日、毎日、ずっと

頭に浮かぶのはちょうど3年前、中等部の卒業式。
少し離れたところから、私に向けられた笑顔。
何を言うわけでも、手を振るわけでもなく
ただ、目が合って笑った。
その最後の笑顔。

それが焼き付いて離れない。



わがままだって、最悪だって、わかってる
自分から別れを切り出したのに

まだ だいすき

電話番号もアドレスも携帯からはとっくに削除しているのに
全部覚えてる



会いたいけれど

会いにいけないのは、わかってる



私にその資格がない事はわかってる



だから、帰っても『会いに行かない』
これだけは決めている。



じゃあ、どうして帰るの?

そう問われれば返事に困るけど

ただ、帰りたかった。



二度と会うことはなくても






元々住んでいた家は手放していなくて、親戚に貸している。
その家で一緒に暮らすという提案もあったのだけれど、あの家には彼との思い出が多すぎた。
だから、断った。
そして、その家から少し離れた大学に近い場所に部屋を借りた。

両親も許してくれた一人暮らしを猛反対したうるさい子がいたので、半ば無理やりルームシェアすることになった。
本人には言ってないけど、本当はちょっと心強い。

そのうるさい子からメールが届いた。


明日駅までお迎えに行ってあげるからね☆
3年ぶりの再会、楽しみにしてるよ(^▽^)ノシ


3年ぶりって…
ほとんど毎日メールして、年に1・2回会ってたのに

この人って全然かわらないなぁ


かわらないでいてくれたことが
嬉しいってことは
うるさい子、そうあの人
には秘密


そうなんだ


かわらなかった


と私は



高額になると思っていた携帯代も、メールばかりだったらそんなにかからなかった。
そう何回も会えたわけではないけれど、お小遣いを貯めて、夏休みだけこっそりバイトして、そのお金で1・2回くらいなら会いに行ける旅費になった。



時々、ふと考えた。

もしかしたら

もしかしたら

不二くんと私も

かわらず、うまく関係を保てたかな

って



今更、『もし』の話をしてもしょうがないのだけれど

思わずにはいられなかった。










でも、少しくらいかわればいいのに、この人。
って心から思ったのは駅に着いた時だった。

地元の駅。そんなに大きくないこの駅に

『歓迎!!!!!!!!』

と書かれた幕。
しかも色がドギツイ。

そのドギツイ文字の真横に私の写真のカラーコピー(A3サイズ拡大)が貼り付けてある。
しかもドコから手に入れたのか、履歴書添付用の写真……

…!!!!!!!!

すぐさまソレを剥ぎ取り、辺りを見回すと
赤いスポーツカーから手を振る女がひとり。

「宝くじが当たって買った!! 免許もとった!!」

その車と似合わないテンションの声。
その元気いっぱいの顔をみると、この仕打ちに対する怒りも消……

「ただいま、

そう、消えるはずもなく

「ばっかじゃないの?! 恥ずかしいし!!」
「バカじゃないよう。『月刊☆』の編集長に暴言なんて。なんて子…!!」

な に ソ レ ?

ちゃん……何ソレ。月刊?」
「うん☆いなくて淋しくてぇメールのやり取りや遊んだ時の写真とか隠し撮りとかをフリーペーパーに☆それが結構人気あって、広告収入なんかもあってねぇ。いやぁ潤った!」
「……。ばかー!!!!!」




そんな感じでギャーギャー言いながら新生活が始まった。
始まって何日か経ってビックリしたのが、お隣さんの存在。
と買い物に行った帰り、部屋の前で声をかけられた。

「やぁ、おかえり」

「え??!! た…ただいま……乾くん」

お隣さんが乾くんだった事。

「番犬代わり☆」

のいい笑顔。

「俺の進学先も同じ大学だから丁度よくてね。ああ、そうだ。このマンション、知ってる顔がたくさんいるからおもしろいぞ」

乾くんのメガネがキラリと光った。

「ちなみにぃ、右隣が貞治で、左隣が大石。真下が英二で、真上が9232だから」
「え゛!?」
「あ、言い忘れてたぁ。みんな同じ大学なんだよっ。学部は違うけどね。よくこのレベルまで賢くなったよぉ、よかったぁ。あ、英二だけスポーツ特待だよ。バカだから」

あまりのことに声が出ない。

「後で挨拶に行くといい」
「う…ん。……ありがとう」

まだ驚きのなかから帰ってこれない私に乾くんが

、かわったな」
「え? そうかな」

自分ではそんなつもりはないのだけれど

「綺麗になった」
「えぇ??!!」

サラリとこの人は…!!

「あと言葉遣いも」
「あぁっそれはわかる気がする。おかしな敬語じゃなくなってる」
「あっあぁ。3年も経てばマイナーチェンジな感じで」

言われて気付けば、そうだなって思う。
3年経てば、自分で気付かなくても
人って、かわるんだ。

「あ、そだそだ。言い忘れてたけど、うちら」
唐突にが自分自身と乾くんを交互に指差し
「くっついたり、別れた…ふぐ」
「付き合いだしたんだ。やっと落ち着いたよ」
乾くんに口を塞がれモゴモゴする

「……はい?」

聞いてないんですけど

「言ってないからね☆(もう8回別れて今8回目の復縁したばかりだけどね)」

改めて3年の月日の長さを実感した、大学入学前日の出来事でした。





そんなこんなで多くの再会を果たしたけれど
誰の口からも

不二くん

の名前が出ることは無かった。





翌日、入学式の為にビシッと服装を整え表へ出ると

「あ、オハヨー」
「おはよう。久しぶりだな」

エレベーターで出会う見知った顔。

「久しぶり。元気だった? 菊丸くん。手塚くん」

向かう道では

さん、久しぶり。俺は同じ学部なんだ、またよろしくね」
「久しぶりだね、大石くん。こちらこそ、よろしくね」

急にバイクが真横に止まったと思えば

「なんか見たことあるなぁって思ったら、ちゃんやん。久しぶりやな」
「あっ、あー! 忍足くん。忍足くんもこの大学?」
「ってことは、ちゃんも? 偶然やなぁ。あれやろ、青学の連中もめっちゃおるって聞いたけど」
「いるいる、いっぱいいるみたい」
「氷帝からもチョイチョイおるで」
忍足くんはゲラゲラ笑う。
「跡部はおらんけど、集まり過ぎやなこの大学」
「そうなんだ。懐かしいね」
「俺は逆に鬱陶しいわ」
乗ってくかとバイクを指し忍足くんが誘ってくれた。
「歩いて行くから大丈夫だよ。と待ち合わせもしてるし」
「ん。ほな、また」
「うん」
「そや、気が向いたら跡部にも戻って来たって連絡してやって。高校ん時『月刊☆』愛読してたから」
「え゛!!??」
忍足くんは笑って走って行った。


式が始まれば、遠くからブンブン振られる手。
会いたくなかった。
仁王……!

時々すれ違う人が、『どうも』と会釈する。
顔は見たことがあるから、たぶんテニスやってたんだろうな。

「なにバカな顔してるの?」

ぼーっとしてたら後ろから声。
この声は

「錦ちゃん」
「久しぶりね。変りない?」
「うん。錦ちゃんもこの大学なんだねぇ」
「ええ、まぁ。夏からは留学するけど」
「そうなの?」
「そうなの」

クスクス笑う錦ちゃんはより一層綺麗になった。
肩まで切り揃えられた髪が大人っぽい。
凛とした雰囲気で本当に綺麗な女性になってる。

「とりあえず、またよろしくね」
「うん」


続々と揃っていく
懐かしい、あの頃の面々
まるで
時間が戻ったかのような錯覚におちいりそうになる。

心がグンッと過去に戻される。
しっかり蓋をして鍵かけて閉じ込めてようって思ったのに

懐かしい
みんな

でも

たりないの

ひとつ

いちばん だいじなひとが たりないの



「……きしてるの?」

入学式の帰り、サークル勧誘の嵐の中
隣を歩くへ聞こえるか聞こえないかの声。

「え? なに?!」
「……なんでも、ない」

つい、うっかり口からあふれそうになった。
『不二くん元気にしてるの?』
なんて言いそうになった。
というか言ってしまった。
小声だけど。
みんなの前では絶対、口にしないと決めていたのに。
こんなに簡単に言葉にするとは思ってなかった。
あんなに決心してたのに。
すぐ揺らぐ自分の心の脆さにびっくりする。

隣ではケラケラ笑う
私の顔を見て大爆笑してる。

何がおもしろいのかわかんないけど、変なスイッチ押しちゃったのかな

「ねぇねぇねぇ、君達サークル決めた?」
「俺らね映画撮ったりしてるんだけど」

それにしても、勧誘ってしつこい…
構内を歩くだけで勧誘の嵐…
断っても次から次に声をかけられる。

「結構です! ね、
「映画かぁ…私を主役に撮るならなぁ考えるけどぉ」

今まで見たこともないくらいの、かわいこぶりっこをして答える
ちょっと…………?!

「いいねぇ、君達かわいいし」
「ヒロインふたりの夏っぽい映画撮ろうか。青春って感じで」
「ヒロインはひとりで大丈夫だよぉ。私だけでは撮れないってかぁ?」

どんどんと盛り上がるこの人達。
別方向からも「ねっサークル決めた?? 僕等のサークルは」とかかる声。
「結構です」と一瞥するも

「まぁまぁ、そう言わずに」「あっその子はうちに入るんだぞ」

と、人の話を聞かない人達でサークルに入る入らないでもめている。
正直、こういうノリは好きじゃない。

「ね、行こ」

面倒になっての手を引き、立ち去ろうとすると

「ちょっ、ちょっと待ってよぉ」

しつこい勧誘をしてくる人が私の肩を掴んで引き止める。

「ゃっっ!」
思いのほか強い力にバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。

しりもちをつくかと思って、こわばった体が


トン


と抱きとめられた。
背中に手の感触。


その瞬間



ドクン



と、大きく飛び跳ねた心臓




ドスン


と、低い振動音。




に気安く触らないでくれるかな」

耳に届いたその声は――…



心臓が、体が、心が
ぎゅうっと締め付けられる



ちょっと声、低くなったかな

背中の手の感触も、大きくなったね



振り返らなくても
背中が、耳が、体が、心が

この人を知っている。



「おかえり、



優しい、優しい声

でも


私は


この人に


あんな酷い事をしたのに


振り返って、いいの?


「こっち、向いて? ?」


トントンと背中をつつかれる。


「……」


会いたかった
すごく
でも

実際

すぐ近くにいると、声すら出ない
顔が見たくても、振り返ることすらできない


?? どうしたのぉ?? 悪い奴はやっつけちゃったよぉ??」
が私の顔を覗き込む。
の瞳に映りこんだ私の顔は酷い。
涙目だし、真っ赤だし、唇ぎゅって噛んでるし

「足元見てみてぇ☆」
ケラケラ笑うの言葉のままに、足元を見ると

自分の影と、真後ろに立つ彼の影
そして
人間の右手


みぎて?


びっくりして後ろを向くと
さっきまでしつこく勧誘してた人達が三人倒れている。


「何やってるんですか?! 不二くん!!」


声が出た。
思わず振り返っちゃったから

目の前に


「……ふじくん」


「やっとこっち向いた」


微笑む顔は、あの頃のように優しく
背が伸びてて、ちょっと見上げる
華奢だった体も大きくなってる
髪型は、あんまり変わらないね
顔は大人っぽくなった
かわいい感じが全然無くなってる


「成長したんだよ、物音立てずに仕留められる様になったんだ」
「妖精さんが?!」


不思議なことに、向き合ってみると時間が戻ったかのように
言葉が出る


「じゃあ、私はコレ片付けとくねぇ」
が倒れている人の足を持つとズリッと引きずり歩き出した
その後姿は猛者のよう……

「ぁっ」

ふたりきりになるのが少し恐くて、を引き止めそうになる。
でも





その声に時間が止まる。

不二くんの声に周りの音がシンと止む
景色も霞んで
不二くんしか見えない


「……不二くん、私ね」


正直、会えるなんて思っていなかったから
伝えたいことはたくさんあるのに、どう伝えればいいかが
わからない


、僕はあの日言えなかったことを言いたくて会いに来た」


あの日、言えなかったこと



あぁ

そっか…

私何舞い上がってたんだろう。
また会えたら、戻れるのかなって思ってたんだ。
心で期待してたんだ。

一方的に別れをつげて
終わらせたのに


。やっと答えが出たんだ」


今度は私が受け止めるね。
その答えが、どんなモノでも。
お別れしようって言って、その返事もらって無いこと
私ちゃんと覚えてるよ


さん」

「はい」


不二くん、だいすきだよ
不二くん、ありがとうね

伝えたくて伝えられなかった。
あの頃も、今も
なんて不器用で
幼いんだろう。私という人間は


「僕が大丈夫でも、が大丈夫じゃなければ、僕もダメだ」


不二くんが私をジッと見つめて言葉つむぐ。
真剣だった顔がふわっと和らぐ。
微笑んで、みつめられたら
動けない。言葉もでない。



不二くん、だってそれってね

それは、私が思っていたことなんだよ


「だから、ふたりで大丈夫になろう」


それは……


「3年、我慢したから」

不二くんはぎゅうっと私を抱きしめてくれた。

体中に感じる、不二くんという人

「ひとつだけ、僕のお願いきいてくれる?」

耳元で不二くんの声

涙が溢れる。

「……な…んでも、きく…よ。なぁに?」

抱きしめられていた体が離れ、真っ直ぐに向き合う。


、結婚しよう」

「……は?」

「なんでもきいてくれるって言ったのに、どうして疑問系」

「だっ…て」

それは、だってそうでしょう
結婚って……
なに言ってるの

「じゃあ百歩譲って、婚約しよう」

「え…えぇ??」

「不二っていい響きと思わない?」

「いやぁ、えーっと」

なんというか、嬉しいを通り越して
吃驚する。

異議を唱える不二くんの手元を見ると
左手の薬指に指輪
使用感がある

「あぁコレ?」

私の視線に気付いた不二くんがニコリと笑うと

「僕には大事な人がいますよってアピール。ずっとつけてたよ。あと」

不二くんは着ていたシャツのボタンを2、3こ外した。
胸元にネックレス

というか

チェーンに通された

指輪

「いつだったか約束したよね」

不二くんはその指輪を手にとると

「今度は本物をって」

私の左手に。

よく見ると、不二くんつけている指輪と同じデザインで

「もう少し我慢するから。だから、これだけお願い

 、結婚を前提に付き合ってください」

そんなに真っ直ぐみつめられたら

そんなに真剣に言われたら

温かい手で包み込まれたら

「はい」

って言うしかないじゃない。


不二くんは微笑んで

「初めて言うかも……、愛してるよ」

不二くんが照れ笑いするから
私も顔が真っ赤になる

そのまま顔が近づいてきて
私も目を閉じようかとした時



「ッチ……こんな場所で」

と冷ややかな声に反射的にバッと離れた。

すっかり二人の世界に入り込んでたけど、ココ大学敷地内だ

「こんな場所でプロポーズなんて」

冷ややかに私達を見るのは

! 錦ちゃん! ずっと見てたの??」
「ええ、ずっと。皆で」

ふと気付けば周りは見知った面々。

「よかったな
「長かったぁ。この3年。でもよかったね」

周りの皆の温かい眼差しが逆に恥ずかしい


顔を真っ赤にしてうつむくと、右手をぎゅっと握られた。
隣には不二くん。


「不二くん。いっぱい、ごめんね。だいすきだよ」

、ありがとう。がいてくれるだけで僕はこんなにも幸せだ」

見つめあって笑える幸せ。

今度はずっと一緒に。

繋いだ手を離さずに。


これから、また始まる。

不二くんと、私。