最初は何コイツって思った。
そんな貴方が頑なな私の心をこじ開けて、しがらみだらけの気持ちを解放してくれた。
そして自由になった心は
いつの間にか
貴方の虜になっていったの…
翌日から、私と不二の距離は元に戻った。
ただのクラスメイト。
話もしない…クラスメイト。
時折目が合ったけれど、どちらからともなく逸らしてしまう。
接点がなければ会話もなし。
そんな距離に戻った。
放課後になれば私は音楽室へ。
不二は……わからない。
きっと帰っているだろう。
もしかしたら、テニスコートへ顔を出しているかもしれない。
私は音楽室の窓を開けた。
いつもは閉め切ってピアノを弾いていたのだけれど
もしかしたら
窓を開けて弾いていれば
不二の耳に届くかもしれないから。
「ごめんなさい」の気持ちを込めて
ピアノに向かう。
不二にこの気持ちが届けばいいのに。
そう、願いながら……
キィッとドアの開く音がした。
ピアノを弾く手を止めて顔をあげる。
「ピアノの音がすると思ったらか」
ドアを開けて入ってきたのは顧問の先生だった。
不二だったら…よかったのに。
「教室使用の許可は、音楽の先生にもらっています」
「あー違う違うそんなことじゃないよ」
先生は豪快に笑う。
「じゃあ…何か?」
「に用があるってわけじゃないんだ。ピアノの音に誘われたってところか」
「……そう、ですか」
「何だ? 音に表情がついたと思ったらから表情が無くなったな。何かあったか?」
「……いえ。別に」
「そうか? ならいいんだが」
先生は椅子にどかっと腰をおろすと辺りをキョロキョロと見回し
「あーそうだそうだ。今日は不二はいないのか?」
と、言った。
「え…あ……」
予想していなかった問いに思わず言葉が詰まる。
「放課後はのピアノを聴いているって言っていたような気がするんだが」
「……」
「ったく2年以上経ってやっとのピアノを間近で聴けるってのにドコ行ったんだか」
「……2年以上?」
「1年のときにな聞きにきたんだ。「先生、この前ピアノ弾いていた人は笑えているのか」
ってな。その時はピアノ弾く子がたくさんいたから誰のことだかわからなかったが、なん
だっけな「愛の曲なのに哀しそう」だっけか? そんなこと言ってたんだよ。で、最近出
てきた日誌に誰が何を弾いたかが書いてあってな、『1年 愛の…」
「……あ」
忘れていたわけじゃないけれど、思い出した。
私があの時弾いた曲。
あの曲が
不二と私を一番最初に結びつけた…
「ねぇ、先生」
「ん?」
「不二君にその曲、私が弾いたってことはまだ」
「知らせてないが、どうしかたか?」
「あの」
信じていなかったわけではないの。
でも
不二は本当にあの時のピアノが私だってわかっててくれたんだ。
「文化祭で弾く曲…変更できますか?」
「あ?」
「無理…ですか?」
「難しい…な。パンフ刷ってるしなー」
「あの、じゃあ、増やすことは可能ですか? カノンともう一曲」
「時間があれば可能じゃないか? よしっ! 聞いてくるから待ってなさい」
「はい」
「しかし…時間無いが大丈夫か?」
「はい!」
弾きたいの。
不二の為に弾きたいの。
一番最初に私達を結び付けてくれた曲を。
今の私の気持ちを一番表してくれそうなこの曲を――
数分もしないうちに先生は戻ってきた。
結果は「了承」
私は文化祭で2曲弾くことになった。
先生と別れてすぐ私はピアノに向かう。
時間は足りないのだから。
弾けるだけ弾いて努力をしないといけない。
私は文化祭までの2日間、ピアノだけの生活を送った。
ピアノを弾けない授業中は膝の上でずっとずっと弾いた。
そうして、不二とは一度も会話をしないまま文化祭当日となった。
文化祭は2日間あって、1日目が吹奏楽部、合唱部、演劇部などの発表の場になっている。
2日目が模擬店、各々クラスの出し物といった感じだ。クラスの出し物は1・2年生主流
で3年は勉強に集中する為準備期間を与えられておらず、見て回るだけになっている。
今日はその1日目。
まず午前中に演劇部の劇をやる。
そして午後から合唱部、吹奏楽部という順番だ。
私は最後の最後。
吹奏楽部の演奏の後に弾く。
吹奏楽部を最後にしてしまうと片付けに時間がかかってしまい、初日閉会の挨拶などに時
間がかかってしまうからだろう。
午前中は普通にみんなと一緒にクラスごとに集まった席で観る。
お昼休みを挟んで
午後になると移動しだす生徒が増える。
私は最後まで動かなくていい。
自分の出番がくるのを演奏を聴きながら待つ。
不思議と緊張はしていなかった。
ただ、ただ静かに待っていた。
時間は流れ吹奏楽部の演奏が終わった。
暗幕が下りて部員の皆が片付けを始める。
その間は休憩時間となる。
私は休憩中に舞台裏へと移動しなければならない。
ゆっくりと立ち上がる。
ピアノを弾くということを知っている友達から「頑張れ」と声がかけられる。
その声に応えて1歩足を踏み出した。
そこで
目が合った。
不二と。
不二は何も言わなかった。ただ私を見つめてきた。
ドキドキした。
そして何か言いたかった。
けれど
私は不器用でうまく言葉で表現できなかった。
だから
きごちなかったかもしれないけれど、不二に微笑むと舞台へと向かった。
私は不器用で言葉で表現できないから
だから
ピアノで表現するの。
きっと
きっと
不二ならわかってくれると思うから。
そうこうしているうちに片付けが終わり、ピアノが舞台中央へ設置される。
私の出番はもうすぐ。
館内放送がかかり、休憩が終わる。
暗幕が上がり、私の名前が放送される。
一度深く深呼吸をするとピアノへ向かった。
礼をし、座る。
体中に視線を感じる。
でも
その中に不二もいるのだと思うと怖くない。緊張もしない。
むしろ
安心した。
そして私はピアノを弾く。
まずはパッヘルベルのカノン
「あっこの曲聴いたことある。悲しい時〜の曲だ」
不二の隣で菊丸が呟いた。
「英二、演奏中は静かに」
シッと注意をする。
そんな不二の表情は柔らかい。
「どしたの不二? なんか嬉しそう」
「ああ、嬉しいよ。さんのピアノが聴けるんだから」
「ちゃんのピアノってすっごい優しい音だね」
「そうだね。凄くいい」
周りも真剣に聴き入っていた。
今まで隠れていた実力と才能に圧倒されているのだろう。
あっという間に演奏は終わった。
周りから拍手が起こる。
不二ももちろん拍手を送った。
しかしは椅子から立ち上がらない。
疑問を感じた者から次第に拍手がやむ。
静かになるとはゆっくり顔をあげ不二に向かって微笑んだ。
そして
もう一曲が始まる。
「っ」
不二が息をのむ。
「あっこれも聴いたことある。なんだっけ??」
「…エルガーだよ」
「えるがー?」
「エルガーの……『愛の挨拶』」
2年前に初めてのピアノを聴いた時の曲。
それが『愛の挨拶』
あの時聴いたこの曲とは全然違う表情で演奏される。
「な…なんかドキドキする。俺だけ? 不二は?」
「心臓が破裂しそう」
優しく、そして、語り掛けてくるような演奏。
不二の耳にはこう聴こえる。
『すき』
という音。
演奏する前には不二に笑いかけた。
そしてこの演奏。
「さん…僕、期待しちゃうよ?」
不二の声は演奏が終了したと同時に湧き起こった拍手によってかき消された。
拍手を受け、私は立ち上がる。
そして深く深く頭をさげた。
その後ピアノを片付けて、閉会の挨拶があって私達は教室へと戻る。
教室では皆からピアノの感想をたくさんもらった。
「ありがとう」
と皆にお礼を言っていると
「さん、ちょっと時間いい?」
不二から声をかけられた。
断る理由はなかったので
「いいよ」
私は不二について教室を出た。
人気の無いところがよかったのか、いつの間にか私達は音楽室に来ていた。
「さんお疲れ様」
「ありがとう」
「曲、増えててびっくりした」
「うん」
不二は困ったように笑っている。
きっとなんて言葉を続けたらいいかわからないのだろう。
「ねぇ不二君」
「ん?」
「『愛の挨拶』2年ぶりに弾いてみた」
「……うん」
「この曲が私の存在を不二君に教えてくれたのよね」
「そうだね。最初に聴いたのはこの曲だった」
「なんか…恥ずかしいな」
「どうして?」
「なんとなく…だよ」
私も何て言葉を続けたらいいか、わかんないよ。
「あの…さ…さん……その」
「なに?」
「愛の挨拶、あれって…僕の為に……弾いてくれたのかな?」
きっと絶対心の中では確信しているのだろう。
それでも疑問系なのが少し笑える。
でも
不二なら絶対気付いてくれると思っていたことだから慌てない。
「そう…だよ」
「期待…してもいいのかな?」
「なにを?」
「その……僕はもっとさんに近付いてもいい?」
「え? えと……うん」
もしかして
「好きだと言ったら…いい返事はもらえるのかな?」
本当に?
「……さっきの伝わってなかった?」
「……伝わった」
「じゃあ…そういうことだよ」
「そっか。嬉しい」
「ねぇ」
「?」
「不二君はちゃんと言って?」
「え?」
「私は言えなかったからピアノで伝えたんだもの。だから不二君はちゃんと言って?」
自分でもわがままを言っているとわかっている。
でも
でも嬉しいから。
ただ気持ちを伝えるだけでいいって思ってたのに。
まさか
「……好きだよ」
不二から『すき』だなんて言ってもらえるとは思っていなかったから。
「が…好きだよ」
「……うれしい」
本当に思っていなかったから。
「も言って? 聴きたい」
「……恥ずかしいよ」
「酷いなぁ。僕は言ったのに」
「私はピアノで伝えたもん」
「じゃあ、毎日ピアノを弾いて僕に伝えて? 気持ちをずっと」
「……うん」
「その隣で僕はが好きだと言い続けるから」
「ばか」
「何でもいいよ。バカでも何でも。あっ」
「どうかした?」
「ねぇ明日は2人で色々回ろうか?」
「うん」
これからピアノを弾く時はあなたを想う。
そうしたら絶対
優しい気持ちで楽しく弾けるから。
愛をいっぱい込めて弾くから。
だから
ずっと
隣で
聴いててね。
《end》
『Sweet Cafe』の花音さんに相互お礼として押し付けたモノです。
書くの遅い+設定おかしい+不二様出番少ない気がするお礼になっていないお礼です…
こんなものをもらってくださって、花音さんありがとうございましたっ!
相互ありがとうございましたっ!
これからもよろしくお願いしますっ!!
そういえばこのサイト初の日本語じゃない題ですよっ!
わぁアコちょっと頭使ったみたい。