不況 不況 不況
それはこの世界にも襲いかかる波。
いくら周囲に『金持ち』『名家』『社長』などと言われても
内はボロボロ。
『』には『跡部』のような権力も財力ももう残されていない。
だから
狙うの。
『忍足』を――
◆終わり◆
その日、忍足侑士の機嫌はすこぶる悪かった。
あからさまに『機嫌悪いですオーラ』を発している忍足に向日でさえ怯えて近付かない。
どうして機嫌が悪いか。
それはこの教室内にある人物がいないから。
その人物とは。
いつもならソコに座って汚い笑い声をあげているがいないのだ。
いままでの忍足なら、小躍りする勢いでの不在を喜んだだろう。
しかし
昨日の事がある。
昨日の会話。
もしかしたら自分はにとって一番触れられたく無い所を無神経に抉ってしまったのではないか?
その事が原因で今日休んでいるのではないか?
そんな考えが頭を占める。
転校してきてから三ヶ月。
一度も欠席、否、遅刻でさえしたことがなかったが
『無断欠席』
しているのだ。
「…………」
ぶつける先の無い憤りを抱えながら携帯を開く。
ディスプレイには閉じ忘れたメールが存在を主張していた。
連絡無し。
たた一言、跡部からのメール。
ただの欠席が無断欠席へと変わったメール。
それを閉じて、新規メール作成画面を開く。
そして『』という少女にメールを打ちかけて――止めた。
ブブブッ……ブブブッ……
という振動音にゆっくり瞳を開けると部屋は眩しいほど明るかった。
昨夜カーテンを閉め忘れたのだろう。そのせいで部屋に光が注ぎ込み眩しいほどだ。
「……ん?」
覚醒しきれない頭でボーッとした視界で手を伸ばし、枕もとで鳴り続ける携帯を手に取った。
「朝から…誰ですの?」
パカッと携帯を開けた瞬間、サァッとの顔色が変わった。
メールのマークのすぐ隣。
12:33
「……ええええ?!」
時刻ははっきり12時33分を示している。
部屋を見回し、室内の時計を見ても同時刻。
これは携帯の時計が狂ったというワケではないようだ。
ということは
「寝坊?」
そう、寝坊したのである。
「だってだって目覚ましっ」
携帯に目覚ましのマークは無く、設定し忘れていたようで
ベッドの横にある時計を見れば電池切れで止まっている。
「寝坊っ!」
ガバッと飛び起き「あーっもうもう」「きっやぁっ」などと叫びながら急いで着替える。
今から向かえば昼休み中には学校に着く。
午後の授業の後には部活が控えている。
朝練に出れなかった分の仕事が溜まっているはず。
「なんで? なんで寝坊しちゃうのぉ??!! 私のアホーッ」
奇声を発しつつ支度を済ませると、部屋を飛び出した。
走りつつ届いていたメールをチェックすると予想していた通り『部活無断欠席』に対する文句・疑問等が綴られていた。
跡部からは『早く来い』と
向日からは『具合悪いの??』という心配した文章。
芥川からは『どうしたのぉ?さみC』
宍戸、鳳、樺地、日吉、滝からも体調を心配するようなメールが届いていた。
そして忍足からは何も届いていなかった。
これまた予想通りな反応に『残念』と思いつつも、ふっと笑いがこぼれた。
「…おはようございます」
風で乱れたままの髪、肩で息をして顔を真っ赤にしたが教室に辿り着いたのは、昼休みの中頃だった。
「おはようって時間じゃないよ」
「おそようございます」
などど友達にからかわれながら自席へ向かうと、隣にいるはずの人物がいない。
「…侑士は?」
ポロッと疑問を口にすると近くに座っていた何人かが口をそろえて
「昼休みが始まってすぐどこかに行った」
と言う。
向日達と昼食を取っているのだろう。そう思うと荷物を置き、跡部の教室へと向かった。
無断部活欠席を謝る為に。
「寝坊だぁ?」
理由を話すと案の定跡部は眉を顰めた。
「すみません…」
時計が壊れていた、などという言訳は一切せず『寝坊』という事実だけ伝え謝る。
「…仕事減らすか?」
少しくらい嫌味を言われるかと思いきや、跡部の口から出た言葉は全く予想もしていないものだった。
「はい?」
「寝坊するくらい疲れてんのか?」
「いえいえっ」
「アーン?」
「本当に大丈夫ですので、お心遣い感謝しますわ」
「…無理すんなよ? あと」
跡部はの髪に手を伸ばすと
「女なんだから髪くらい梳かせ」
「あ゛―…そうですわね…侑士と会うまでにはv」
「俺の所に来る前までにやっとけ、バーカ」
「(侑士の前以外で綺麗にしてる意味なんて無いですわ…)以後気をつけますわ」
「(考えてること全部顔にでてんだよ、バーカ)ああ」
などど会話を交わしていると
「じゃーんっ!」
「ほんとだぁ」
と声が聞こえてきた。
「向日さん、芥川さん、おはようございます」
「体大丈夫なのー?」
「げんき?」
「体調は問題ありませんわ、あの…今朝は寝坊してしまいまして…」
「が寝坊?!」
「めずらC」
「(笑ってごまかす)お二人は昼食は?」
「食った食った」
「うん、たべた」
「では侑士は教室に戻りました?」
「知んねぇ、だって今日侑士と一緒じゃなかったし」
「きょうはがくとくんといっしょにたべたの」
「では侑士ったらドコに行ったのかしら?」
「さぁ?」
「ククッ」
?マークを頭上に浮かべる達を見て跡部が笑みをこぼした。
「跡部さん?」
「なぁ、やっぱり身嗜みってヤツは誰の前でもしといた方がいいぜ?」
「?」
「後ろ」
跡部の一言に促されが振り返ると
少し離れた廊下に「ありえないものを見た」という顔をした忍足が立っていた。
「ゆっ!」
その姿に慌てて手櫛で髪を整えようとするものの風でからまった髪はなかなか反抗的で思い通りに収まってくれない。
「ああっこれはっそのっっ。違いますのよ? 面倒だ、とかそんな理由で頭がこんなになってるのではありませんのよ?」
「…自分」
「はい?」
何かを言いかけた忍足に視線をぶつけると
「……なんでもない」
とボソッと言い、に背中を向け、歩き出した。
「????」
その反応に戸惑いつつも髪が気になって仕方のないに跡部が
「追いかけろ」
「え?」
「の頭が爆発してたから驚いたワケじゃないと思うぜ?」
「……」
跡部の言葉を聞いた瞬間、ふっと思い出した。
昨日の事を。
不意に投げかけられた質問に、自分を作りきれなかった。
微妙な反応をしてしまった。
もしかしたらソレを気にしている?
そんな考えが頭をよぎるとは忍足を追いかけていた。
「侑士っ」
歩くのが速い忍足を追いながら呼び止めようとすると
「うわっ」
忍足は逃げた。
「どうして逃げるんですのーっっ」
「追われたら逃げるわっ!」
全速力で逃げる二人は廊下を駆け抜け、教室を通り過ぎ、いつの間にか外に出て、気が付けば部室前までやってきていた。
「ハァ…ハァ……逃がしませんわよ……」
「ギャーッッ!!(ヤ ら れ る っ !)」
「何故逃げるのです?!」
「反射的にやっ!」
「先程、何を言いかけましたの?!」
「なんでもないっ」
「ちなみに私は寝坊しただけです! 体調は良いですから、侑士が逃げても逃がしませんわよ?」
「(寝坊て…今朝はただの寝坊かい?!)」
「さぁ仰って!」
「(たーすーけーてーっ)」
などとやっていると始業の鐘の音が響いた。
「「あ゛っ」」
「始まって…しまいましたわね」
「せやな」
「遅刻して来て、授業も遅刻……」
「ええやん。俺なんか授業サボリやで?」
「私だってそうですわ。荷物…机の上に放置して来てしまいましたから…来ているということはバレバレですわ……」
「次は…英語か?」
「ですわね。あの先生、遅刻したら煩かったですわよね?」
「煩い。サボッた方がマシやんなぁ。保健室行ってましたー言うとけばええやろ」
「ですわね…サボリ決定…」
はぁーっと溜息をつく忍足の横で
「この時間、侑士と二人きりですわねv」
ぐふっとが笑い
「…………っ」
忍足が声にならない悲鳴をあげた。