翌日の英二は

「おっはよーん」

それはもうびっくりするくらい普通を演じていました。



■わたしの好きな人・3■



いつものように笑って、いつものようにはしゃいで、いつものようにふざけて

ただひとつ違うのは見ていて痛々しいこと。

「エージ、何かあったの?」

クラスメイトは誤魔化せても部活の仲間であり、親友である不二の目は誤魔化せなかったようで、つい英二に目がいってしまう私に疑問が投げかけられた。不二の人選は正しい。私は全部知ってる。

けど

「知らない」

本当は、全部知ってるの。理由、全部。けど、それを私の口からこの人に言ってもいいという権利は得ていない。
むしろ、言ってはダメ。

英二が誰にも心配をかけたくないと頑張るのなら、私はそれに協力する。

「あっそーだ! 何か変なモノでも食べてお腹こわしちゃったんじゃない?」

英二が本当に笑えるまで、笑ってこの瞬間を語れるようになるまで
私は何も言わない。

「不二ってばどーしたの? 変なのー」

さん? 隠し事下手だよね」

「不二?」

「これでも心配してるんだけど」

「不二ってば今日変だよー」

私は何も知りません。

不二が英二を心配してても、私は何も言えません。

それが、私にできる ただひとつ のこと。



―っっ」

そんな私と不二のやりとりを知らない英二が笑顔のまま飛びついてくる。

「おーもーいーっ」

「あのにゃあのにゃっ数学の宿題見せてほしいんだにゃ☆」

「高いよー」

「にゃっ!(ガーン)い…いくら?」

本気でお金を取られると思ったのかビクビクしながら英二が私を見つめる。

そんな英二に指を1本立ててみる。

「いち? ひゃくえん?」
「ばーか。いちまん」

くだらない会話。
何気ない冗談。

いつもと変わらないのに 痛い。

英二が頑張ってる分、痛い。

「ねぇエージ」

こんな私たちに不二が声をかけた。

「何かあった?」

さっき私にぶつけた疑問を今度は本人へ。

悩みがあるなら相談にのるよ。という雰囲気を漂わせて。

不二のその声に一瞬英二の大きな瞳が私を見た。

『言ってないの?』

そう、言いたかったのかもしれない。


「にゃんにもないにゃ☆元気元気」

にゃははーっと笑って不二とじゃれだす。

そんな様子に不二はもう何も言わず、一緒に笑う。

英二が大丈夫と言うのなら、不二はもう何も言わないだろう。不必要に詮索するほど不二は子供ではない。



じゃれあう二人。
じゃれあいながら、英二の手が不自然に動いた。

「?」

ぐっぱーぐっぱー。

ぐーとぱーを繰り返して、手の存在をアピールした後にその手が

ぶいっ

ピースサインを作った。


『ありがとう』


たぶん意味はコレであってるはず。

何も言わなかったことへのお礼。

ピースの後にチラッと私を見て、笑った。

少しぎこちなかったけれど、作り物ではない素の笑顔。


「英二…」


「にゃ?」

「っ……数学のノート…いいの?」

「にゃにゃっ! いるいるっ」

ぱぁっと瞳を輝かせる英二に数学のノートを渡し、自席へ戻る。


今、嬉しかった…。

英二がちゃんと笑ってくれたから…

だから

嬉しかった。











































あの日から、あの雨の日から二週間が経とうとしている。

少しずつだけど、英二は元気になって。

失恋。という痛みがやわらいできた頃のことだった。

っっ!」

部活中である英二が血相を変えて飛びついて来た。

「なぁに?」

飛びつかれる事には慣れているので大して驚かない。

「たすけてー」

行動には驚かないが、言葉には驚く。

助けて?

「どうしたの?」

「怪我したにゃー」

怪我?

「大石君に」
「大石は竜崎センセに呼ばれていないんだにゃー」(めそめそ)
「保健室」
「保健室閉まってたにゃー」(しくしく)
「どこ?」
「手―」

めそめそと泣き真似をしながら右手を出す。

地面で擦り剥いたのかペロンと皮が剥けていて血がジワッと溢れている。

「うわー痛そう」
「痛いにゃっ!」

とりあえずこのまま放置は可哀相なので

「救急箱は部室?」

手当てをしてあげることにする。

「にゃー。ありがとー」
「っーかさ、持ってきてくれれば早かったんだけど。救急箱」
「にゃっ!(それもそうにゃ)」

バカだなぁ。と思いつつも言わず、一緒に部室に行く。



部室には眉間に皺を寄せた手塚君が立っていた。(こわっ)

「菊丸、手当てくらい自分でできるだろう」
「にゃー(めそめそ)痛いにゃー(痛いをアピール)」
「自分でできないのなら部員に頼めばいいことだ。わざわざに迷惑をかけるような行為はするな」
「だってー」
「だってではないだろう。…すまないな」
「いーえー。慣れてますから」

私と手塚くんは軽く顔見知りだったりする。

英二と仲良くしていればこうやって部室に来ることもある。

だからテニス部員とはだいたい顔見知り程度の知り合い。

「英二、傷は洗ったの?」

救急箱の位置もしっかり把握しているので取り出しながら言う。
傷口の砂くらい水で洗ってきて欲しい。
消毒液は部費で買っているのだから無駄使いはできない。

「いってきまーす」

やっぱり洗ってなかったのね。
溜息をつきながら椅子に座る。
膝の上で救急箱を開け、物色しながら

「手塚君は部活戻っていいよ。英二の手当てくらいできるから」

「すまない」

「いーってことよ。英二にはおもいっきり染みる消毒液ぶっかけておくから」
と言いつつも染みないアンパンマンの絵が描かれた消毒液を手にする。

「ああ」

…ああ?
え? いいの??



「はいー?」

数秒の沈黙の後





ガチャッ
ドアの開く音と共に

「好きだ」

と、声がした。









「「え?」」








重なる二人の声。

私の声と

英二の声。



そして頭の中で響く手塚君の声。








   好きだ











カタンッと手から消毒液が落ちた。


next








***反省***
少しは長くなりました?
なったはず…

なんだかこんな展開。(笑)
予定外です。
塚が告るなんて思ってもなかったですよ(他人事のように言いますね。私…他人事じゃないのにっ)

コレってば菊丸ドリでなく手塚ドリですかー?な展開ですが
菊丸ドリですっ
(一応…)