好きだ

と、声がした。

その声の前にと私の名前が呼ばれた。

それは、つまり



■わたしの好きな人・4■



「にゃ…にゃはー……」


停止した私の思考が動き出したのは、英二の気の抜けた笑い声を聞いてからだった。


「もしかして俺ってお邪魔虫?」


ポリポリと頬を掻きながら俯きがちに笑ってる。


「にゃはは…ごめん」


俯いたまま、英二は踵を返して



パタン



静かに扉が閉まった。



「えいじ…」



たったいま、聞違いでなければ私は手塚君に告白された。
それを聞いたのに



「英二っ」



私は手塚君に何も言わず、目を合わせることもなく

落ちた消毒液を拾い上げると

英二を追っていた。









この行為は手塚君を傷つけるのかもしれない。

でも

手塚君には悪いけど、私は英二が好きだから。

好きだから。

英二以外の気持ちはいらないの。














「英二っっ」

足の速い英二を追うのは大変。

一般生徒の私が足で英二に勝てるはずもなく、ひたすら名前を呼んで英二に止まってもら
うしかない。

「走って逃げるなんてズルイわよっ! 英二待ちなさいって」

目の前を走っていく青い背中。

それをただ追って、追いかけて。

振り向いてもらうことはなくて。

私の片想いをそのままカタチにしたようで、少し、胸が痛んだ。



何しているのだろう。という好奇の目で見られながらの追いかけっこも私の体力の限界が
近付いてきた頃。


ドンッ


と英二が誰かにぶつかって足を止めた。

今がチャンスとばかりに懸命に足を動かして

「はぁ…はぁ……えい…じっ」

追いついて、ジャージの裾をつかむ。

「にゃーっにゃーっっ」(ジタバタ)
さん?」

必死に逃げようとする英二、そんな英二を捕まえていたのは

「おおいしくん?」

どうしたの? と心配そうに笑みを浮かべる大石君だった。









私の息が整うまで英二は大石君が捕まえていてくれた。

「どうした? さんにまた怒られてるのか? 一緒に謝ってやるから、もう逃げるな
よ?」
「違うにゃ」
「…大石君、また怒られてるって……それって失礼だし。私怒ってないし」
「え? 違うの? また英二がイタズラして逃げてるかと」(笑)
「イタズラなんてしてないにゃ」
「じゃあどうして逃げていたんだ?」

そう問う大石君の声に「うっ」と英二が口篭る。

それは――言えないよね。

告白現場を目撃して逃げただなんて。

「英二ったらまた怪我したのよ。で、染みる消毒ぶっかけようとしたら逃げちゃって。ほ
ーら、英二。手、出して。染みないアンパンマン持ってきてあげたから」

「…にゃ?」

英二はどう反応したらいいかわからないようで…戸惑いながら大石君と私を交互に見てる。

それを数回繰り返した後おずおずと手を出してきた。

でも…

「あーっ消毒しか持ってきてないよ。もーう他全部部室じゃん。めんどくさー。大石君、
あとお願い」

その手をとることが出来なかった。

「にゃっ」(ブンブンッ)(首を横に振る)

「…英二(溜息)さん、すまないけど手当てしてやってくれないか?」

「え? なんで」

「消毒だけでいいから。じゃあ頼むな」(爽やかに押し付ける)

「うえーめんどくさー」

去って行く大石君に恨み言を言いながら

「英二、手」

今度は英二の手をとる。

なんとなく気まずくて、ぎこちなくなってしまう手元を悟られないようにコントロールし
ながらプシュッと消毒していく。

淡々とこなしていると

ボソッと英二が呟いた。

「ごめんにゃ」

「…何が?」

「さっき…邪魔だった?」

「別に」

「手塚…」

「ん?」

のこと…好きだったんだにゃ」

「……」

「……た…………」

「?」

「また…取られた…」

「英二?」

「手塚に全部取られちゃう」

「何を?」

「テニスで一番も…好きな子も……」

「……」

も」


プシュウッッ


消毒液が飛び出る。

「うわわっ??」

「なんつった?」

「にゃ?」

「今なんつった?」

「手塚に取られるって…」

「誰が?」

「……さんが」

「(さん?!)……はぁぁ」

溜息を吐く私を「にゃ?にゃ?」と不思議そうに英二が見ている。


取られるって…そんなはずないのに……


私の心は英二のものなのに。


私の気持ちなんて全く全然サッパリ気付いてないと思っていたけど、ココまで気付いてな
いなんて。

しかも今の言い方じゃ私は手塚君のこと好きだとか思ってるの? この男。

「バカ猫」

「にゃ????」




「私は手塚君のこと好きじゃないんだけど」




「にゃ!!??」



大きな目を零れんばかりに見開いて



「マジ????」



とか言ってる。


この男はっ(怒)


「マジ。恋愛対象として見たことないし」


「ふぇーマジで? マジ??」とまだ呟きながら英二は笑ってる。


「手塚君がフラれるのがそんなに嬉しいの?」

「違うにゃ。が取られなくてよかったと思って。手塚には悪いけど。にゃはは」


……うわ

今の

今の

嬉しいぞ。

英二は『友達』が取られなくて嬉しいの意味で呟いたのだろうけど

でも

嬉しい。




「あっ。英二、そろそろ部活戻らなくていいの?」



「にゃ? にゃっ!!」



気付けば時間は結構流れていて、追いかけっことかしていたから当然なのだけど…


「じゃ、頑張って」
「ほーい」


英二を見送ると私はテニス部部室に戻った。
消毒液を戻しに。

一瞬、手塚君がいたらどうしよう。とか思って躊躇したけれど、部室から手塚君の姿は無
くなっていた。
部活中に部室にいるほうが稀なのだから、当たり前と言っては当たり前なのだけど。

ちょっとホッとして救急箱を片付けると

「あ」

ロッカーから汚くはみでてる制服が目に入った。

「英二のだ」

名札で分かる。

たぶん…名札がなくてもわかったと思うけど……

「きったないなー」

苦笑しながら引っ張り出して、綺麗たたむ。

「英二のパーカ」

意味もなく呟いてしまう。

ココには誰もいないという安心感。



それが油断となっていた。




「はーあ…何でこんなバカ好きなんだろう」




制服を入れなおすと帰ろうとドアの方を向いた。









「…」








そこには一人。







よく見知った顔。よく知っている人。







「え」







私の好きな人。









「英二」










ポカーンとした顔の英二が立っていた。





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***反省***
塚かわいそう……(ホロリ)

反省ダラダラ書くと先の展開書きそうなので今日の反省はココまで。
短い反省。もっと反省しろよ私。