だってしかたないじゃない…
すきなひと

ともだち

どっちも大事なんだもん
どっちにもつらい思いしてほしくないんだもん

私が身を引く…この表現は正しくないかもしれないけど、身を引けば、そうすれば皆幸せになれるって思ったんだもん。

なのに
なのにどうしては邪魔するの?
必死で…必死で不二くんへの想い押さえ込んでいたのに。
どうしてソレを表に引っ張り出すの?

苦しいよ…
苦しくて、切なくて、泣きたくなるよ…

心が悲鳴をあげそうになるの。
苦しい…切ない…淋しい…って

心が痛い時、痛みを和らげてくれる私のお薬。
支え。

それがあの指輪。

持っているだけでよかったの
それだけで、よかったのに
それさえもは許してくれないの?

ただ想うことすら、は許してくれないの?

それとも

不二くんが迷惑だから…って
あの指輪捨てて来いって…
に…言ったのかな……




■気持ち -前編-■



見上げれば保健室前の廊下の窓。
ここは何もないところ。
誰も通らないようなところ。
校舎の影で、陽の光はあまり当たらなくて少し暗い。
窓から見下ろすことはあったけど、実際に訪れたのははじめて。
そんなところに今、私は立っている。



保健室の前、あの窓から指輪は投げられた。
たぶん…ううん…絶対この辺に落ちてる。
大丈夫。
絶対、みつかる。
この辺は半分以上地面だし。
残りは、草とか木とか植わっているけど、土の部分よりははるかに狭い範囲。
絶対、絶対、大丈夫。
みつける。

もし
もし、あの指輪を処分することを不二くんが望んでいるのなら、その場合はこんなカタチでなく、私がちゃんと処分する。

だから絶対みつけるの。

「泣くなっ! 私」

なぜだかさっきから涙は溢れて止まらないけれど、泣いてばかりじゃダメ。
絶対ダメ。
だって泣けば視界がぼやけるじゃない。
はや見つけなきゃいけないの。

日が暮れたらただでさえココ暗いのにもっともっと見つけにくくなっちゃう。

はやく
はやく
はやく








「アレなにしてんの?」
「さぁ?」
「罰ゲームとか?」

頭の上から声が降ってくる。
たぶん廊下を歩いてる人たち。

地面に膝をついて、はいつくばって指輪を探している私は滑稽だと思う。
制服だって汚れちゃったし、夏だし、汗かいてるし…
こんな姿…オンナノコじゃないよね。

普通に考えればあんなのただの『わっか』なんだよ。
ただの…わっか。

もう不二くんの気持ちはこもっていないだろうから、ただの…わっか。

そんなものにこんなに縋りつこうとしている私は滑稽だよ。
自分が一番わかってる。

でも

縋りつかずにはいられないの。

心のなかには、いっぱいいっぱい不二くんとの思い出あるけど、思い出だけでは足りないの。
ちゃんとこの思い出は本物だったっていう証拠がないと…
全部全部、嘘みたいで、夢見たいで……


「もぉう! 泣くな泣くなってば私っ!!」


グイッと涙を腕で拭いた。
ザリって砂の感触がした。
少し…痛い…


さん?!」


また頭の上から声がする。
知ってる声。


「おおいしくん?」

見上げれば、心配そうに覗き込む大石くんの姿があった。







「ちょ…はぁ……どうかした?」

息が乱れているのはわざわざ走ってきてくれたから。
一瞬、窓を乗り越してここへ来ようとしたけど思いとどまって走ってやって来た。
全速力で来たみたいで、息があがってる。
そこまでしなくていいのに…

「どうしたって…別になんでもありま」
「何でもないわけないだろう!」

……大石くんが声を荒げたのはじめて聞いた……

「あぁ!ごめん……その…ずっと俺…俺達、さんのこと気になってて…」
「え?」
「……泣いてたの?」
「……」

私は首を横に振る。
たぶん目、赤いだろうし…バレてると思うけど…でも

「こんなに土だらけになって…」
「あ…そんでたの」

我ながらなんて嘘を…
今のを聞いた大石くんは苦笑している。

「何か…落としたのか? そうだったら俺も」
「大丈夫だから!」

言えないよ。
不二くんからもらった指輪…さがしてるだなんて。

「……そうか。わかった」
「うん」
「けど」
「俺達…友達だろ? 苦しい時は、頼ってくれていいから」
「……うん」

にっこり
大石くんは笑ってくれた。

そして、手を振りながら大石くんは校舎へ戻ろうとした。
でも

「あのね」

何故だか…呼び止めてしまった。

振り向いた大石くんは吃驚した顔ですぐ戻ってきてくれた。
そりゃあ、吃驚するのわかるよ。

振り返れば、涙ボタボタ流しながら私が立っていたんだもん。







大石くんはオロオロしながらも私が落ち着くまで傍にいてくれた。

「あ…ひく…あのね…」
「うん? ゆっくりでいいよ」
「わひゃしね…………く…………なの」
「うん?」

はじめてだった。
泣きながら、ただ、わかってほしくて
今の気持ち、誰かにわかってもらいたくて
言葉を言うのは、はじめてだった。







「すきなの……まだ…ずっと…不二くんのこと…………すきなの」







ずっと我慢してたの。
私が我慢すればいいことだって思ってたの。

「くるしいよ……かなしい…………さみしいよ」

でもね
我慢なんて
できないの。

私、自分がこんなに嫌な子だって思わなかった。

なんで…なんで、錦ちゃんのために私がココまで苦しい思いしなきゃいけないの?
不二くんと一緒にいたいの。
不二くんの隣にいたいの。

あの声に、名前を呼んでもらいたいの。

さん、どうしてそれを不二に言わなかったんだい?」
「だって…! だって…」



だってね、錦ちゃんが…



「不二くんを失いたくないから…」



殺す…って言ったんだよ。



「今…さんは不二を失った状態じゃないか」
「違うの…」



「もしかして……殺す……とでも言われた?」
「っ!?」
「どうしてソレを? って顔してるよ。笹馳さんのそんな一面、知ってるからね」
「……」
さんはバカだなぁ」
「え?」
「不二が殺されるわけないだろう?」
「え??」
奴等…いるし」

ヤツラ…?
あ…ああ!!
使い魔さん!!
最近話しにすら出てこなかったから忘れていました。

「それに、不二がさん残して死ぬわけないだろう?」
「……?」
「好きな人残して死んだりするような男じゃないよ、不二は」
「……私、もう嫌われてますから」
「誰に?」
「不二くん」
「どうして?」
「だって現に今不二くん、錦ちゃんと付き合ってるし…」
「…さん、不二の顔見た?」
「え?」
さんと別れてから、ずーっと死んだような顔してる。笹馳さんと付き合っている今も」
「……」
「不二を殺してるのは、笹馳さんでもなく、さん、きみだよ」










ずっと
思ってたの。
私が、いなくなればいいんだって。

錦ちゃんの愛はいっぱい。
それを不二くんも受け止めて
ふたり、幸せになるんだって。

つらいのは

私だけ

って思ってたの。








「だって…ふぇ…も…わかんな…い…」
「さっき俺に言ったこと、不二に言ってごらん? それからまた考えればいい」

大石くんの大きな手がヨシヨシと私の頭を撫でてくれる。

「言って……言っていいのかなぁ……? わたし……」
「その言葉が不二を生き返らせるよ。フェニックスの尾」
「プッ……えふえふかよ…」
「あ、さん知ってたんだ?」







指輪

指輪を見つけたら、不二くんのところへ行ってみよう。
そして
謝るの。

謝って許してもらえなくても謝るの。

私のこと嫌いになってても、いい。
その時は

今度は私が不二くんを振り向かせる。
絶対。


錦ちゃん…
私だって
不二くん無しでは生きられないの。



「大石くん、話聞いてくれてありがとぉ…」
「いや、いいよ」
「あの…話を聞いてもらっておいてアレですが……部活……いいの?」
「あ」
「いってらっしゃい! 頑張って!!」


今度こそ、大石くんを見送ると、私はまた地面へ向かう。
絶対、絶対、みつけるから。


そしたら、不二くん、あなたの元へ飛んでいく。
だからもう少し
もう少しだけ待ってて。












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