私は、話をしなきゃいけない。
錦ちゃんと。
話を――。
あの後、私は不二くんに言った。
「あっあの……今日から…お付き合い…またお願いしますって言いましたけど、その、やっぱり少し待ってもらっていいですか?」
私がそう言うと不二くんは不思議そうな顔をした。
「あの…私、不二くんとまたお付き合いしたいけど、その前に、やらなきゃいけないこと…あると思うから」
ただ、幸せを手に入れるだけではダメだと思うから。
私は、逃げたから。
だから
「話をしてくる。それから、でもいい?」
ちゃんと向き合うの。
今度はしっかり向き合うの。
ただ逃げた女が向き合わず、戻ってきても相手は納得できないから。
「どれだけ待てばいい?」
「ちょっとだけ。もう…逃げないから」
■ハジマリとオワリ。ソレカラ -前編-■
次の日の昼休み、隣のクラスに錦ちゃんの姿は無かった。
クラスの人に尋ねると何の連絡も入っていない。との事。
何か…あったのでしょうか?
錦ちゃんのお友達に住所を尋ねて、教室をあとにした。
身体も心配だし、話したいこともある。
だから、お見舞いに行こう。
そう思って。
午後の英語授業を上の空で受けていると、先生に例題の訳を黒板に書くように指示された。
「アイター」
と思いつつ、立ち上がり、黒板に向かう。
訳を書いて、席へ戻ろうとした時、目の端に黒い長い髪が映った。
立っていたから見えた姿。
窓の外、どこからかフラフラと歩いてくる女の子。
遠目に見ても綺麗な子。
間違うはずが無い、絶対あの子は錦ちゃん。
「ああっあのっ!!」
咄嗟にお腹を押さえて
「先生、頭が痛いので…保健室に行ってきていいですか??」
……。
しまったです…
お腹を押さえて、頭が痛いって…私…何者??
「……せんせぇ……いたい……」
とりあえず、このまま、押し通すっ!!
「えっ、あ…じゃあ…保健委員と保健室へ」
「大丈夫ですっ! ひとりで行けますからっっ」
ごめんなさいっ先生。
そして真面目に授業を受けている皆さん。
、脱走します…!
二度とこんな事しないから、今回だけは見逃してくださいっっ
ゆっくり教室から出ると猛ダッシュで廊下を走る。
錦ちゃんはさっき外にいた。
どこへ行ったか…わからない。
けど
なんとなく
今この時間、誰もいない場所で…不二くんに関係がある場所にいると思う。
だって
私だったら、そうすると思うから。
昨日、不二くんに聞いた。
錦ちゃんとの関係を終わらせた。と。
もし、私がそうだったら
私と不二くんの関係が終わって、どうしようもなく悲しくて…
でも
家でジッとはしていられなくて
何かに縋り付きたくて
思い出に縋り付きたくて…
出歩いたら
絶対、思い出のある場所に行きたくなるもの。
悲しいけど、つらいけど、本当は思い出したくもないけど
近寄りたくもないけど…
昔を思い出してつらくなるだけってわかってても
逃避したくて…思い出に縋る。
……と思います。
弱気発言ですが…
こんなのもしかしたら私のようなネガティブ発想人間から出てくるかもしれないけど…
まぁ…
校舎内を闇雲に捜すよりも、遥かに効率はいいかな…と。
思うのですよ。
それに、さっきは外にいて、校舎内に入った形跡は無くて。(下駄箱見ました。靴なかったです。校内でも会いませんでした。)
外で、錦ちゃんが行きそうな場所って言ったら
あそこ
だけだと思うのです。
行くだけで不二くんを思い出す場所。
テニスコート。
そこに行っていなければ、今度は別の場所を捜すだけ。
まずはテニスコートへ。
きっと絶対…だぶん…いると思うから。
と、思ってやって来たのですが……
「ひとっこひとりいやしねぇ…ってヤツですか??」
テニスコート付近には誰もいなくて、ガランとしていました。
「あれれ…????」
……結構自信あったのにな…。
乾くんで言うなら「いる確立87%」だったのにな…
などとウンウン唸っていると
「どうして…一番会いたくない人が…いるのよ」
後ろから…小さな声。
誰だかはわかってる。
「あ…あのね……錦ちゃん…私ね、話があるの」
振り返らず、言う。
「……私の事、笑いに? それとも…責めに?」
「違いますっ!」
錦ちゃんは、私の話を聞いてくれる。
そう判断して、クルッと振り返る。
目が…合った。
強い強い、眼差し。
「私…錦ちゃんに言わずに、逃げてたから」
「なに?」
「私、不二くんが好きです。誰よりも」
「そう。それで」
錦ちゃんは気だるそうに腕を組んだ。
それでも、視線は私。
「言い方…悪いけど…私、錦ちゃんの身体に同情した。そして、不二くんを譲ろうって思った。でも、私最悪だって自分で思うけど…今更だけど…譲れない。不二くん譲れないっ」
「え?」
「錦ちゃんにも不二くんだけ…かもしれないけど…私にも、不二くんだけ…なの」
「ちょっと待って…」
錦ちゃんは少し驚いた顔をして、話を止めました。
「何でしょう?」
「周助から何も聞いていないの?」
「はい?」
「私の…身体…」
カラダ???
何のことでしょうか?????
「何も…聞いてませんけど…ももっもしかして病状が悪化されましたか???」
「……」
「どうかされました?? あのっえっと…今、具合とか大丈夫ですか??」
「……なんともないわよ」
「そ…そうですか! よかったぁ〜」
「違う。元から何ともないわ」
「……はい?」
「アナタが勝手に病気だと勘違いしただけよ。別に悪いところなんてないわ」
「…………」
「何? 勘違いをしたのはアナタよ。何か文句あるの?」
「…よ」
ダメです。
あまりの事に腰が抜けました。
ふにゃふにゃとその場に座り込んでしまいます。
「よかったぁ〜っっっ」
「え?!」
「私の勘違いでよかったぁ…もう、心配だったんだからぁ!! 変な嘘つかないでよぅっ! でも、よかったよぅ。本当に本当によかった〜っっ」
「……アナタ」
もうっ私のバカバカバカッッ!!
何で勝手に思い込んじゃったんだろう。
でも、そんなことはどうでもよくて…。
「あ゛―も゛―っよかったーっっ」
「ちょっ…アナタ…何泣いてるのよ」
「だっでだっでーっっよかっんたらもんーっっ」
だばーっと涙があふれます。
病気だと思っていたお友達がそうじゃなかった。
よかったよかったよかったーっっ!!!!
「アナタ…馬鹿じゃないの? どうして喜ぶのよ? 普通逆でしょう? 騙したって怒るでしょう?!」
「…?? どうして? 私何もだまされてないよ?」
「騙したわよ! アナタが勝手に私が病気だと思い込むように、そう仕向けたわ! それを使って私は周助を…」
「……にっしきちゃんって頭いいねぇ」
「えぇ?!」
「あーそっかそっか。そういうことだったんだー」
「ちょっと…何納得してるのよ」
「いやぁ…頭いいなぁと」
「アナタ馬鹿?!」
「はい。よく言われます…」
「…なんなのよ」
「でも、それだけ錦ちゃんが不二くんを好きだったって事でしょう? 嘘ついてまで手に入れたいと思うほど」
「……」
「でも、もう騙されませんよっ! 私も好きだからっ!!」
錦ちゃんはうつむくと、小さな声で
「アナタ…馬鹿よ」
と言いました。
「『アナタ』って呼ばれるの嫌だな…まだって呼んでくれないの?」
「…え?」
「あ…そか…そっか。嫌だよね…私みたいな女と…もう友達…続けられないよね」
「……」
ずーっとさんって呼ばれてた。
一度くらい…って名前呼ばれたかったんだけどな…
「友達って…アナタ…私と?」
「……錦ちゃんが私を嫌っても…私は錦ちゃん好きだよ? だめ?」
錦ちゃんは顔をあげると
「周助と出会う前にアナタと出逢っていたら…友達になれたかもね」
と言いました。
だから私は間髪を入れずに
「今は無理なの?!」
と問いました。
だってだって、今まで友達だったのに、いきなり不二くんと会う前って言われてもっっ
納得いかないっすよ!
「…もぅ…」
錦ちゃんは呆れたように笑いました。
片眉を下げて、呆れたように。
その笑顔は人形のように整った笑顔ではなく、人間らしい笑顔。
私は今はじめて本当の錦ちゃんの笑顔を見たのかも知れません。
「本当に馬鹿よ。は…」
人生で初めて『馬鹿』と言われて嬉しかったかもしれません。
そんな2人の様子をこっそり見つめていた影がひとつ。
その人物は不二周助。
偶然走っていくの姿を見かけた越前からメールで知らされて、何事かと捜し追いかけてきたのだ。
そしてようやくの姿を見つけたときには、錦と話をしていた。
かすかに聞こえる会話。
そして、少しずつ変わっていく錦の表情。
それを見て、不二はひとこと呟いた。
「だから、は誰の毒も抜くんだって」
経験者は語る。
そんな5限目。サボリ3人。