頭の中でいっぱいいっぱい考えたの。
何回も何十回も何百回も何千回も、何万回も……
心はずっと決まって ひとつ なのに
頭のだした こたえ は真逆
きっとね
絶対ね
心に従った こたえ を、不二くんは受け止めてくれるんだ
でも
この先を、何万回も考えた
ねぇ、不二くん
優しいって知ってるから、頑張り屋さんだって知ってるから
だから
■不二くんと■
目の前に彼がいる。
見慣れていたはずの だいすきなひと
改めて、綺麗な顔だなぁって思う。
「?」
その声も
私の名前を呼ぶ声も だいすき
でも
「……よう」
ちゃんと言わないといけない
ごめんね
自分勝手で
ごめんね
私まだ
子供なんだ
「不二くん、お別れしよう」
不二くんの目がまんまる。
びっくりしたよね
しかも
私から言うの、二回目だ。
二回もこんな顔させて、こんな思いさせて
本当にごめんなさい
ここからは、ちゃんと言うから
言葉、つまらせないで
ちゃんと言うから
いっぱい 練習してきたから
「……なんの冗談?」
「本気だよ」
目だって、そらさないね
こんな
真正面から向き合えるのも最後だと思うから
こんなカタチでも、私にとっては最後の
『みつめあう』
なんだよ
最後まで真っ直ぐに 不二くんだけ みつめるね
「今度はねちゃんと理由がね、あるの。私ね、転校することになったの。高校は九州で通うことになったの。外部受験組みになっちゃった」
「それが理由?」
「うん」
「は、遠距離恋愛って言葉知ってるよね」
「うん」
「僕達なら大丈夫だよ。距離なんて関係ない」
わかってたよ
そう言ってくれること
でもね
「不二くんが、だいじょうぶでも
私は、だいじょうぶじゃない」
何回も考えたんだ。
メール毎日して、電話も何時間もして
高額になる携帯代。
それでも会いたくなって、会いに行く交通費。
バイトして、勉強して、部活して
クタクタになって
それでもその合間にメール。家に帰ったら電話。
それを
ほとんど全部、背負い込んで負担するのは
不二くん なんだ。
もちろん、私だって頑張る
頑張るよ
でも……
これが何回も考えた答えの、ひとつ
でも、これは理想
リアルに考えると無理なんだよ
私たちまだ子供だから
進学先の高校はバイト禁止
私も不二くんも
でも内緒でバイトして
バレたら停学だろうな
そもそも、テニスがある不二くんはバイトなんてしている時間があるわけないんだ。
中等部でもこれだけハードな練習内容。休日だってそんなに無い。練習に試合、そんな日ばかり。
高等部はもっと凄いんだろうな。
互いを想う気持ちが負担になる。
そんなの嫌なんだ。
私たちがもう少し大人だったら、違ったと思う。
逆に
もう少し子供だったら、不二くんを欲する欲がこんなになかったら、また違ったと思う。
私たちは世間から見たら 子供 だけど
心だけは 大人 とかわらない。
むしろ、大人のように縛られるものが無いから、純粋な想いはより強いかもしれない。
すき だから
すき だからこそ
一緒にいれない。
一緒にいても、つらくてつらくて耐えられない。
つらくて泣けば、不二くんは無理をする。
つらくて笑えば、不二くんはもっと無理をする。
何をどうしても
不二くんは無理をする。
私を安心させる為に。
不二くんが、だいじょうぶでも
私が、だいじょうぶじゃなければ
不二くんが、だいじょうぶじゃないんだ。
目の前には、世界で一番だいすきな人
言葉が出なくて、苦しそうな顔してる
こんな顔させたくなかったな
でも
私の知らないところで、ずっとつらい思いをし続けさせる事もできないんだ。
離れることも、別れることも、悲鳴あげそうなくらい
いたくて
つらい。
けど
ちゃんとお別れしないと
ずるずる遠恋すると
不二くんばかり、負担をかける。
それでも不二くんは私を裏切らない。
頑張り続けて疲れて、不二くんは不二くんを犠牲にする。
そんなの いやだよ
だからね だから
一緒に 今 いたい思い しよう
ふたりで この いたいの はんぶんこ しよう
そして
私の事は 思い出 にして
時々思い出してね
不二くんは不二くんの為だけに時間を体を全てを使って
夢も、やりたいこともいっぱいあるんだから
無理して頑張るなら、自分自身の為だけに
それから、私は何も言わなかったし
不二くんも何も言えなかった。
これが、最後の会話だった。
秋が過ぎ、冬が来た。
私はずっと勉強漬け。
すこし賢くなった。
年が明けると父は単身赴任で九州へ。
ひとりで行かせるのは心苦しいと母は言うけど、卒業するまで私はここを離れない。それだけは譲れなかった。
会話することも、目が合うこともなかったけれど
ギリギリまで不二くんと同じ場所にいたかった。
3学期が始まると
錦ちゃんが私によく会いに来てくれるようになった。
「あんたバカね」
彼女からこの言葉を何度言われただろう。
一度転校して、戻ってきた錦ちゃん。
これから転校していく私。
錦ちゃんは知ってるんだ。
離れることがどれほどつらいか。
別れることがどれだけ痛いか。
そしてそれを選んだ私を
たぶん
「ほんとうに信じられないくらいバカよ」
心配してくれているんだと思う。
「あなた達なら、こんな道選ばなくても大丈夫じゃない」
そう言ってくれたのは涙が出るくらい嬉しかった。
はで
最初は大笑いしてたけど、最後は一緒になって泣いてくれた。
私とが離れ離れになってしまうことでも、ワンワン泣いたけどそれ以上に
私と不二くんが離れたことに、ポタポタ大粒の涙をずっと私が泣き止むまで流してた。
そんなは気を使って、私の前で「不二くん」の名前を出すことはなかったけど
時々、と乾くんと喋ってる会話の中に不二くんの名前が出て
そんな時
胸がチクリを痛んだ。
テニス部の皆さんとは時々、会話する程度。
皆さん優しいから同様私の前で不二くんの名前を出すことはなった。
あ、でも
菊丸くんだけ
「卒業まで別れなければよかったのに。それまで続けてたらいいのに」
ってボソリと言ってた。
たぶんそう思った人いっぱいいたと思う。
でも
楽しい時間がブツリと切れて、翌日から同じ空間に彼がいなくなる。
昨日まで最も近くにいた彼が今日からいなくなる。
それを乗り越える自信が無かった。
だから
少しずつ、体と心を慣らしていこうと思った。
全然、慣れなかったけど……
一月、二月が過ぎ
もう三月になる。
この何ヶ月
不二くんとは廊下ですれ違うくらい。
目が合いそうになったけど、どちらからともなくそらした。
そして
卒業式。
滞りなく式は終わり、皆はそのまま高等部へ進学なので同級生よりも後輩達と別れを惜しんでいた。
見上げれば、青空。
いいお天気で良かったなぁ。なんて思っていると
「―!!」
校門付近から私を呼ぶ声。
見ればと錦ちゃん。
ふたりが並んで立っていることは少し驚いた。
「出発式するよー!! カラオケ! 皆も後から集合するから行くよー!!」
「送別会。クラスの皆も後から集まるんですって。先にむかいましょう」
それぞれ同じ内容を自分の言葉で叫んでる。
そんな二人の姿にちょっと吹き出した。
「はぁーい」
返事をして、二人に向かって駆け出そうとしたとき
ふと視線を感じた。
左後ろを振り向くと
「……ふ…じく……ん」
不二くんが微笑んでいた。
少し遠くから
何を言うわけでもなく
ただ
私にむけられた優しい笑顔。
涙が出るかと思った。
走って行って抱きつきたくなった。
でも
きゅっと唇を結んで
いっかい笑って
ぺこりと頭を下げた。
顔を上げると不二くんの姿はなかった。
それが最後。
そして私は高校生になった。